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ガリとデブ
●中1の冬
「まじうぜー」
「どうした?」
「くそうざい」
「え」
「アイツいちいち癪に障るんだよ」
「誰、誰?」
「タッくん」
「それ分かるわ。くそウザいよね」
「試合中も文句多いしアイツ。めっっちゃストレス溜まるわ」
「それそれ。アイツもミス多いのにな。あと上から目線だしな」
「小学校の時からそうなんだよまじで」
「ホントムカつく。俺アイツをボコボコにしたい」
「やっぱそう思ってた?」
「うん、結構溜まってた!」
「普段の時もいちいち一言多いんだよ。いじってるつもりだけどイラっとくんだよ」
「俺のいじりとは違うな確かに」
「そこ自覚あるんだな」
「まあな。あ、明日先輩達と遊ぶときさぁ、人数多い方がいいかもっていう案が出てさ」
「何で?」
「ほらまたケイドロするじゃん?人数少ないと盛り上がらないからあと何人か呼んでいいなっていう話になって。あとで先輩達と話すけどさ」
「いいじゃんいいじゃん」
「ケントとか呼ぼうか」
「うん、俺はいいと思うよ」
「……あれだな、もうちょいでこのとんぼ掛けも片付けもしなくてよくなるな」
「そうだな。モッさんとかヤダが入学してくるの楽しみなんだけど」
「ほら、アイツ見て見て。サボってるだろ」
「もうアイツはいいよ。相手にするの疲れるわ」
「ミートゥー」
●中2の冬
前半開始早々、パスを受けたFWのケントがぬかるんだグラウンドに躓き、大転倒。
パスを出したMFのトキ、傍らにいたツートップのもう片方のシューヤ、DFライン全員、というかチーム全員だな、ケントに対して「おい!何してんだよ」と爆笑。
何でなんだろう。
前半終了間際、MFのタッくんが絶妙なスルーパス、それをMFの一年エース、モッさんがオフサイドギリギリで飛び出し、シュートを決める。全員「ナイッシュ!」「いいね!」「ヒュー!」と歓声の嵐。DFのカタギリなんかはわざわざモッさんの所まで行き、ハイタッチ。それに続こうとしたGKの一年ヤダもハイタッチしようとしたところで、全員が「おい!早く戻れや」と全員、爆笑。
俺の何がそうさせたんだろう。
後半開始と共に、俺がシューヤと交代してピッチに出る。
後半5分、モッさんが俺に絶妙なスルーパス。抜け出て相手GKと1対1になったタロー(俺)は、ゴール隅にシュート。ネットを揺らす。
シーン。
後半7分、タロー(俺)、いつものようにイージーなトラップミス。「タロー何してんだよ」「しっかり」という周りからの叱責の声は無い。シーン。
後半10分、MFのタダがボールを持つ。前線に俺だけがいてゴール前に走りフリーになる。タダは俺に気付いているが、パスを出さず一人でドリブル。相手にカットされ奪われる。舌打ちが聴こえる。
後半13分、校舎に掛けてある時計を見ようとした瞬間、グラウンドの隅で折り畳みのテーブルと椅子を設え、そこで試合を見守っていた保護者の団体の中にいた母の顔がちらっと視界に入り、すぐさま俺は目を逸らす。
試合終了のホイッスルがグラウンドに鳴り響く。
自分達の中学で行われた練習試合、他校のチームは1校しか来ておらず、延々とそこの中学と25分ハーフの試合を3本。全て終わって、グラウンド整備をして時間はまだ12時半。
昨日の夜から雨がずっと降っていて、止んだ今日も雲が低く垂れこんで、雨が降りそうな天気だった。7時という集合時間で俺が一番早く学校に来た。水たまりがあちこちある最悪なグラウンドを見てテンションが下がっていた時に、何人かやって来た。部室の前で「うっす」って言い寄ると、みんなどこかよそよそしい態度で返答してきた。つい先週まで俺と軽快なトークでイジリ合いをしていたシューヤ、一年の奴等でさえ全員、さりげなく距離をとって俺をいないもののように扱って、俺と目を合わせてくれなかった。
そこに、タダがやってきた。
その時の歩くタダの様子で全て悟った。
あっ、次は俺が仲間外れにされたんだな。タダの指示でこうなっているんだ、と。
「いやーまじありえなかったわ、こいつ思いっきりこけたんすよ。トキのパスめっちゃ良かったのに台無しだわ」
グラウンド整備が終わり、職員室の裏口にいる顧問の小田先生を囲んでお決まりの終礼の時間、タダがケントを指差し切り出すと、みんなが笑い出して相槌を打ち盛り上がる。
「私でしたら、多分転ばずに華麗に決めてますよ」と小田先生が日常のジョークを発すると、
「いや先生絶対無理だし。ボールまともに蹴れないじゃん」とタダがツッコんで場が盛り上がる。小田先生は名前だけの顧問で、サッカーは未経験。練習試合の時なんかはベンチにはいなくて、いつも職員室で何か作業をしていた。
ありがとうございました、と礼をして解散。
俺は急いでエナメルバッグを掲げ、そそくさと家路へと向かう。背後では1年も2年も全員がそこかしこで「え、今日結局どこ?大谷池?長良池?」「大谷にしよう」と釣りの場所を決め遊びの計画を立てていた。昨日もそうだったんだと思う。
体育館から、ダムダムと誰かがドリブルしているのかバスケットボールを床に叩きつけている音や、キュッキュッというバッシュがこすれる音、そして「ナイッシュ!」という声が聴こえてくる。
門を出て、豚骨のくさい匂いが鼻を刺した。国道を挟んだ反対側に開店したばかりのラーメン屋に吹奏楽部だろうか、制服を着た三人の女子が入って行った。
国道沿いを真っすぐ行かずに右に曲がる。曲がった通りには川が滔々と流れていて、俺の家は長いこの真っすぐな道を歩いて脇道に入ったところにある。全員は右に曲がらない。国道沿いを真っすぐ集団で帰るだろう。振り向くな振り向くな、というか振り向きたくない、怖い。独りぼっちで歩いている俺の姿を誰かが目にして陰口を叩いている、と思ったら怖い。歩くスピードを速めた。
何で俺が何で俺が何で俺が。頭の中でそれが繰り返される中、もう走るくらいのスピードになって急いで帰路を真っすぐたどる。
無心でぱっと後ろを振り返った。全員はいなかった。それから何度か振り返っても遠くの国道沿いにみんなが集団でいる姿を目にすることはなかった。
家に帰りつくと、父と母が何食わぬ顔で「おかえり」と出迎えた母の顔はあまり見ずに、「ただいま。お腹空いたわ」と元気な素振りを見せ、食卓に座った。
いつもと違い、俺の飯を用意してくれた父と母が食卓についている。
「やっぱエビピラフが一番旨い!」と言って「それ冷凍食品」と父と母が揃ってツッコむ。楽しい会話を取り繕ろうと試みるけど、普段、あまり会話をしないもんだから、何を話せばいいか分からず、結局沈黙が漂った。テレビを見ても、父と母との会話も、エビピラフの味も、座っている座布団の柔らかい感触も、緑茶が喉を通った時も、感じているのか分からないくらい動揺していた。それを目の前にいる二人に気取られないよう、平静を装っている事だけ意識していた。
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