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後編
ドアの向こうにあったのは、変わり果てた構内の姿でした。そこら中が赤黒いヌメヌメとした液体に覆われ、辺り一面に生臭い臭気が立ち込めていました。元々薄暗かった通路は更に暗さを増し、スマホの明かりを頼りに何とか歩けるといった状態です。気温も湿度も異様に高く、固く平坦なはずの床も足が沈み込むようにすら思えました。まるで別世界なのです。
あまりの変貌ぶりにわけがわからなくなり途方に暮れていると、またFからの投稿がありました。
『ごめんね。本当は、私があなたの代わりに苦しむべきなのに』
鳥肌が一気に全身を駆け抜けるのがわかりました。そして、私の中である仮説が生まれたのです。
もしこの儀式を行っているのがFなのだとしたら、彼女はこちら側の駅にいて、Yの為に自らの命を犠牲にしようとしているのではないか。さっきまでいた綺麗な状態の駅ではFを見付けられなくても、今の状態でなら見付けられるかもしれない。「入れ替わる為の身代わり」というのは、自分がYの立場に取って代わるという意味に違いないと思いました。馬鹿げた話だということはわかっています。ありえないということも。しかし、すっかり変わり果てた世界を見せつけられた私の頭からは、そんな現実的な思考は消えていました。
はやくFを止めないと。
頭の中にあったのはそれだけです。私がFの名前を叫びながら7番線ホームへ続く階段を駆け下りていくと、彼女らしき人物がそこに立っていました。よれよれの白いスウェットと汚れたスニーカー。腰まで垂れ下がった黒髪は脂ぎっていて、まるでワックスで固めたような束がいくつもできていました。その姿は私が知っているFとは程遠いものでしたが、こちらの呼びかけに応じる以上、彼女がFであることは間違いありませんでした。
「あ、やっぱり来てくれたんだ」
Fは私の方を見てうっすらと微笑みました。
「Fちゃん、何が起きてるの? どうしてこんなことするの?」
私がFの肩を掴んで体ごとこちらに向けさせると、彼女の体からも何かが腐ったような酷い臭いがして、Fには悪いですが、私は顔をしかめずにはいられませんでした。それと同時に、遠くから電車の走って来る音が微かに聞こえてくるのがわかりました。その音に反応するかのように、かすれた声でFは言うのです。
「こんなことしてごめん。でも私のこと、助けてくれない?」
私がその言葉にただ頷き、「わかったから、はやくここから出よう」と言った時でした。
あろうことか、Fは私の身体を信じられない程の力で線路の方へ突き飛ばしたのです。予想外の出来事に頭が真っ白になり、私はバランスを崩してホームから投げ出されるかたちになりました。
「お前がいけないんだ! あの人が嫌いだなんて言うから!」
気の狂ったような凄まじい絶叫が響き渡り、私の意識は強い衝撃と共にぶつりと途切れました。
次に意識を取り戻した時、私は病院のベッドの上にいました。そこで、私は約2年間寝たきり状態だったのことを聞かされました。原因は、列車との接触事故だそうです。病院の先生は目が覚めたのは奇跡だと言い、両親は泣いて喜びました。私だけが事の展開についていけず、独り別空間に放り出されたように呆然としていました。
その後Yの事故についても検索してみましたが、それらしき記事は1件もヒットせず、本人は元気に活動を続けていました。
その瞬間私の頭の中に浮かんだのは、Fが投稿した最後の言葉でした。
『ごめんね。本当は、私があなたの代わりに苦しむべきなのに』
このメッセージだけはYに向けられたものではなかったのかもしれません。「身代わり」になるのはF自身ではなく、私の方だったのだとこの時ようやく気が付きました。私は彼女がYのファンであったことを知らず、日頃からちょっとした悪口を言うことがあったので、目をつけられてしまったのかもしれません。儀式のための生贄として。
話は以上です。すべて私の妄想なのではないかとも思ってはいます。しかし、どうしてもそれだけで済ませることができないのです。2年間目を覚まさなかったと言われても、私にとってはつい数時間前に起こった出来事としか思えません。
あれから、Fの行方はわかっていません。しかし彼女がSNSに投稿した文章はそのまま残っています。これがどういうことかわかりますか?
こんなことを周りに話しても誰も信じてくれませんし、自分でも馬鹿げているとは思いますが、どうかお願いです。この現象について少しでも何か知っている方がいらっしゃれば教えてください。どんな些細な事でも構いませんので。
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