【藤倉くん】きみに伝うコトバ

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「一応無事…?に、学校は終わったな」 「………」 放課後になっても、藤倉の謎の症状は治っていないようだった。 それにしても大変だったなぁ…。 藤倉がマスクをして登校してきたってだけでファンクラブは大騒ぎになるし、先生も話したら分かってくれたけどすごく心配そうにしていたし、休み時間ごとに色んなクラスの子達がこいつの様子を見に来ていたり…。 それから靴箱には一体いつ買ってきたんだろうというくらい大量のお見舞いの品が入っていたり。 持ち帰るための紙袋も何も用意していなかったためそれらは一旦藤倉ファンクラブの方々に預かってもらっているが、改めてこいつの人気振りを思い知らされる一日だった。 そんなこんなでやっと放課後。 休み時間もずっと無言を貫いていた藤倉だったが、二人きりの今でもやっぱりまだ口を開こうとしない。 いつも通りの帰り道を無言のまま並んで歩いて、駅に着いて、丁度やって来た電車に乗り込んで。 その間もずっとずっと、藤倉は無言のままだった。言葉だけじゃなく、瞳の奥の感情も無表情で読み取れない。 その姿がやけに心許無く思えて、目を離したら何処かへ行ってしまうんじゃないかとほんの少しだけ不安になった。 今日一日こうだった。 朝会った瞬間の姿が一番元気だったんじゃないかと思う。 ぼうっと車窓を眺めている綺麗な瞳は、どこを見つめているのだろう。何となく、俺が知るはずの無い中学時代の彼を重ねてしまった。 話せなくて、辛いのかな。 いつもなら頼んでいなくてもアレコレ勝手に話すのにな。 心地好い声が俺の鼓膜を擽って、馬鹿みたいに冗談めいたことを言ってきたりするのにな。 …今日はあの言葉も、聞けないのかな。 何てことを考えていると、俺の降りる駅の名前がアナウンスで流れてきた。降りなければ。 やや反射的に席から立ちながら、今日は寡黙な変態を見て告げる。 「じゃあ、俺はここで降りるけど何か困ったことあったらすぐ、にっ?!」 ドアが閉まる。 発車のアナウンスが流れて、電車が走り出した。俺を乗せたまま、次の駅へと。 最寄り駅に着いて降りようと席から立ち上がった俺を、細長い指が引き止めた。 服の裾をきゅっと掴んでまた座らせ、驚く俺をそのままに彼が僅かに身体を寄せてくる。 あぁそっか。不安なのかな。 まだ自由に話せなくて、原因も分からなくてどうしたらいいかもいつ元に戻るのかも分からないままで、こいつは…。 それなのに独りにしようとした。独りにしてしまうところだった。 俺って馬鹿だ。こんなにずっと一緒にいるのに。 「先帰ろうとしてゴメンな。お前が大丈夫になるまで一緒に居るから、だから」 「………」 俺を掴む手の甲をするりと撫でて、目を合わせる。 学校から出てマスクは取られているけれど形の良い唇は相変わらずきゅっと引き結ばれたままで、俺の名前も呼んでくれない。 「俺に何かできればいいのに…」 ポツリと呟くと、彼は何も言わないまま緩やかに微笑んでみせた。 そうして徐に口を開く。話すのか。話せるようになったのかな。 僅かに期待して耳を傾けると、聞こえてきたのはやはり「き」の一文字。 少し落ち込んで俯いた俺の顎を指で掬って自身の顔と近づけた彼は、声を発さずに口の形だけで告げた。 「     」 それから藤倉はまたにっこりと微笑んでみせた。それだけで、胸がぎゅっと締め付けられて…身体の奥からほわほわと熱くなっていく気がする。 あぁもう、どうしてこうも…。 その言葉は最早魔法みたいになって俺の中に染み渡る。音になっていないのに、その効力は無くなることはないらしい。 「お前って本当…ずるいよなぁ」 そう零すと、猫っ毛の変態は俺の隣で息を漏らして笑った。
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