彼は知らない

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 上下某有名メーカーのランニングウエアに身を包み颯爽と駆けてゆくランナー。早いテンポで繰り返す一定の呼吸と軽く地面を蹴り上げる音が耳に届きペースを乱される。  外見から判断して、歳は私の半分にも満たないであろう若者は、決まっていつもの様に背後から見えない威圧を掛けてくる。道を譲っても抜き去る事は無く執拗に追いかけまわし私が躓き転ぶか、負けを認め走るのを辞め歩きだすのを楽しんでいる様にも思える。きっと彼の目には、私の事は夜に徘徊する中年オヤジやゾンビにでも映っているのだろう。  初めの頃は気にもしなかったが、こう連日続くと煽り運転ならぬ煽りジョギングで検挙してもらいたいものだ。 『くそっ、しつこいな……』  意地を張ってもただの中年オヤジ、ジョギングで勝負だと意気込みたいが、片や鍛えられた太ももの筋肉を見せつける様に走る若手ランナー、それに比べ少しでも汗をかこうと厚手の長袖ジャージに身を包むダイエット中、呼吸の乱れと今にも転倒しそうな足のふらつきを目にようやく男は追い抜いてゆく。 「じゃまだ遅いなっ、ぺッ――ッ」  これからの社会を背負う未来ある若者へ、綺麗な形で世代交代を望んでいるどこにでもいる普通のオヤジ相手に、追い打ちをかける様に男は私の走る足元へ唾を吐き捨て颯爽と駆けてゆく。
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