彼は知らない

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 人間の寿命は限られ人それぞれ――、 しかし、与えられた一日が進む二十四時間は老若男女平等である。  その二十四時間を既に四十数年繰り返した、世間で言ういわゆる中年、名乗る程の者ではないどこにでもいるオヤジが、いつもの様に暗闇の堤防に姿を現した。  この物語は、そんな一見冴えない男のストーリーである。 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――」  若い頃は人並みにそこそこのスタイルは維持していたものの、歳を重ねる程に筋力と代謝は衰え過剰に摂取を重ねたカロリーと言う名の至福は脂肪へと変化し、余程居心地が良いのだろうお腹周りに住み着く様になった。  鏡を見つめ遠い昔を思い返す様に目を細めるが、鏡に映る肉体が細くなることは無い。そんな現実にようやく気が付いた私は意を決し厚手のジャージを着こむといつもの日課であるジョギングに精を出す。  本来、日の出と共に清々しく気持ちの良い早朝に走り、シャワーを浴びて職場へと向かうのが魅力的な理想のカッコいい男性像ではあったが、午前五時早朝の堤防を独占しているのは、何処から湧いてくるのか健康志向の長生きを目論むゾンビや徘徊老人、いやいやっ、そんな表現は人生の先輩方に対し口が裂けても言える訳がない。心の奥深くに隠しつつ、いずれ自らも訪れるであろうその時まで、早朝の堤防は御老体達へとお譲りする事に決めていた。  仕事の疲労は残るものの、夜風にあたり行き交う人が殆どいない時間帯に走る事は、ペースを乱される事も無く結果的に日課と呼べるほど続けられる事が出来きていた。夜空を見上げながら仕事、家庭、自らの今後を思い描くように考えにふけるには夜のランニングは最良の環境であった。 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――」  約三十分程かけてゆっくりと走る五キロ程のランニングコース、いつもの様に腕時計のアラームが午後二十二時の時刻を伝える頃、背後から至福の時間を乱す呼吸音が忍び寄る。 「ハッハッ――、ハッハッ――」    
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