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その時になって、叔父は思い出した。魚の文字を書いている時、村人と話したことを。
「この願いを海神様へ捧げなかったら、どうなるんだい?」
「その願いは死ぬ」
そう村人は答えた。
「願いが三つ死んでしまったら、海神様の加護を受けられなくなる。だから、みんな願いの札を忘れないように声をかけ合うんだ」
「海神様の加護を受けられなくなると、どうなる?」
村人は悲しげに首を振った。
「ここの者ではなくなるんだよ。永遠に」
叔父が持ち帰った木皮紙は三枚。書かれた文字は、「健やかな生活」「家族の安寧」「末永き長寿」を意味していたという。
叔父は島から戻ってしばらくして結婚したが、間もなく妻を事故で亡くした。それからすぐに、叔父の両親──私の祖父母だ──もこの世を去った。それからも立て続けに叔父の親族は亡くなったり疎遠となり、今では叔父の身寄りは私だけだ。
さらに、叔父はその頃から病を発症し、入退院を繰り返すこととなった。恐らく、もう長くは生きられないだろう、と本人は言っている。
「願いが死んだからだろう」
そう、叔父は言った。願いが死んだから、願いの内容とは逆の結果になったのだと。
「余計な栄誉を求めた報いなのかも知れないな」
そうして叔父は、大きくため息をつく。
海神の加護を失った者は、二度と島には足を踏み入れられないという。
叔父は島での楽しい暮らしや、美しい自然などはよく覚えている。しかし、その島の名前も場所も、どうしても思い出せないのだ。
二度と訪れることの叶わぬその地を、叔父は今でも恋い焦がれている。
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