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 これは左へ行った男の話である。  男はぶるっと身震いして、コートの襟を立てると、ややうつむき加減に歩き始めた。風俗店のチラシやシェイクの空き容器がいたるところに散乱している。学生やサラリーマンの大声、女達の嬌声……あれは吐き戻す音。  寄ってくる客引きを適当にあしらいながら、男は新大久保のほうへ向かった。 「ねえ」  甘ったるい安物の香水の匂いと、それに負けず劣らずの甘ったるい舌足らずの女の声がした。  立ち止まった男の目に毒々しく赤く塗られた爪とラインストーンが散りばめられた赤いサンダルが飛び込んできた。視線をあげると、著しく強調された胸、薄いショールをかけただけのむきだしの肩、同じ赤で彩られた唇があり、どう考えても目頭を切開しすぎた痛々しい大きな瞳があった。  ご丁寧にこの寒いのに赤のノースリーブのワンピースを着ている。よほど赤が好きなんだろう。 「ねえ。暇なら奢ってくれない? 寒くて」 人工的(アーティフィシャル)な身体も顔も好きではなかった。男はもう一度下を向いた。 「いいね。でもあまり時間がないんだ。どう?」 女は、蠱惑的、と本人は思っている大きな瞳で男を見、男が立てている三本の指を見、自分にはわからないが相当高級そうなコートをみて頷いた。 「怖いの?」 「知ってるでしょう。このあたりは物騒なのよ」 舌足らずな喋り方で女が答えた。蜂のようにくびれた腰を男の腕が優しく抱きよせた。
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