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 淡い紫色の照明のなか、巨大なベッドのうえで赤いドレスの女は眠っている。いささかバランスが悪いほどに小さなサイドテーブルの上には缶ビールが2本。  持ち込んだビールを飲み、口づけをした。女は驚いたように口の中に入れられたものを吐き出そうとしたが、男は優しくその口を押さえ耳元で「よくなるっていう薬、飲んで」と囁いた。女は切開した目で男を見ていたが、やがて促されるままにコクリと薬を飲み込んだ。 「酔ったみたい」と女が男にもたれてから五分も経たずに女はベッドに崩れ落ちた。 「本当によく効くな」 女のすべらかな腕を持ち上げても、だらりと力なく垂れる。いささかバランスが悪いほど巨大な胸の尖端をつついても、小さく口をあけたまま女は動かない。静かに胸が上下していなければ死んだのかと思うほどだ。  そこで男は、女の細い両方の足首を掴むとベッドの端へと引き寄せ、自分は白いシャギーが敷かれている床にひざまずいた。  細身のヒールから解放された足が、男の目の前でぬめぬめと白く輝いている。男は両手で女の左足を包み込むようにして持ち上げ、ためつすがめつした。女の足は男が知っているうちで五本の指に入れていいほどに魅力的であった。足の裏の弾力、土踏まずのくぼみ、大きさ、薄い皮膚、そこに浮かぶ静脈。どれもこれもが一級であった。  知らず識らずため息がでた。  これから自分にもたらされる官能を期待するため息である。かかとは白く柔らかく丸く、男の手に馴染んだ。その丸みを優しく撫でる。細い足首が金魚の尾びれのようにくねくねと動く。  鼻を近づける。かすかに汗と何かが混じったつんとした匂いが男の鼻腔を満たし、血液がどくどくと全身をものすごい速さで駆け巡り始めた。  小指をみる。爪は赤い色がのらないほどに小さい。口の中に含み、舌でなぶる。指のまた、薬指、と一本ずつちゅっ、ちゅっ、と音を立てて吸う。足の裏をぺろぺろと舐める。  男の息が荒くなったとき、女が小さくうめいた。男は動作をやめ、女の顔を覗き込んだ。小さくあけた口はそのままで、眉間が苦しそうに寄っている。 「薬が切れかけているんだろうか」 男は女が目を醒ましたときに使う言い訳を思案したが、女は起きる様子はない。ふたたび男は女の足に没入した。男が強く指を吸ったとき、今度ははっきり「あぁ」と女がうめいた。また男は様子をみた。女は眉間を寄せてきつく目を瞑っている。 「起きてるの?」 耳元で囁き、優しげに肩を揺すってみたが、女は目を覚ます気配はない。この薬は女を眠らせるが、官能は覚醒したままになるのではないか、と男は結論づけた。だから刺激に感応した女は声をあげても目は覚まさない。夢をみているような状態なのかもしれない。  男はさらに足の裏のくぼみをぐるぐると舐めまわし、そのままかかとと指先を往復するように舌を這わせた。唾液をじゅるじゅると女の両足のいたるところに塗りつける。  ううっと女がまた声を上げたが、男はもう気にしなかった。気にすることができないほどに昂ぶり、やがて達した。同時にああ、と女も声をあげ、身体をのけぞらせた。やはり官能は目覚めているのだ。であれば優しくするに越したことはない。 「いった?」 男は始末しながら女に訪ねたが返事はない。足を揺らしたが起きなかった。  ふとこの女はあまり薬の効かない特異体質なのではないか、という考えが兆した。まだまだ楽しみたい気持ちもあったが、目覚めたときにこの女がどんな反応をするか判断がつかず、急激に萎えた。身じまいをし、ビキューナのコートを羽織ると札入れから一万円札三枚を取り出し、サイドテーブルに置いて男はひとりでホテルを出た。
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