あさぎ色の記憶

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 肘掛けにジャケットを放ってソファで休んでいると、友人宅から帰ってきたらしいクレエが駆け寄ってきた。 「どうどう? クラウディア先生、きれいだったでしょー?」  まるで自慢するように誇らしげだ。 「知ってんの?」 「もちろん。あたし、先生にダンス習ったんだもん。」  クレエは行儀悪く後ろからソファの背もたれにのしかかった。横から顔をのぞき込んでくる。 「で、で、先生どうだった?」 「どうって言われても。……アイ姉とちょっと似てる?」  しゃべり方とか、ふんわりした笑みとか。  クレエがニヤニヤと笑みを浮かべる。 「ほほーう? つまり、気に入ったと?」 「はあ? 何でそうなるんだよ。」 「だって、アルバってばお姉ちゃん大好きじゃーん。」 「ちげーよ!」  むっとしてクレエをにらむが、姉はニヤニヤを引っ込めない。アルバはぷいっと顔を背けた。ふと、クラウディアの言葉を思い出した。クレエはとっくに学園を卒業しているが、後輩とも仲が良いから何か知っているかもしれない。 「クラウディアさんって、どこか行っちゃうのか?」 「うん?」 「今日、そんな感じのこと言ってたんだけど。」  ぱちぱちと目を瞬かせてから、クレエは悲しげに眉尻を下げた。 「あの話、本当だったんだ。うん。新しく出来る学校に呼ばれてるんだって。トルナドだって聞いたよ。」 「……遠いな。」  ここからずっと東に行った町だ。父の友人がいる町でなければ名前も覚えられないほど、アルバもクレエも縁遠い。  クラウディアは父親が焦っていると言っていたが、それは娘をこの町に引き留めたいからかもしれない。 「クレエちゃん、ショールをほっぽっちゃダメですよ。」  ひよこ色の布を腕に掛けてアイビィが部屋に入ってきた。クレエが弾かれたように立ち上がる。 「わ、ごめーんお姉ちゃん!」  慌ててアイビィからひよこ色を受け取り自室へと駆ける。  夏だからショールで済んだが、クレエは他に関心ごとがあるとその辺に抜け殻を残す癖がある。よほどアルバから先生の話が聞きたかったらしい。  ため息をついたアルバは視線を感じて顔を上げた。追って横を向くと、アイビィが所在無げに身を縮めていた。困ったように眉を寄せてこちらを見つめている。 「? どうしたんだよ、姉さん。」 「ディーア先輩……、クラウディア先輩に会ったんですよね?」  アルバは目を瞬かせた。確かにクラウディアはアイビィの先輩にあたるが、アイビィの入学が遅かったことも手伝って、在学期間は一年しか重なっていないはずだ。 「クラウディアさんと親しかったの?」 「親しいというか、お世話になったんですよ。学園になじめなかった頃に、何度か話を聞いていただいたんです。……ところで、」  アイビィが心持ち距離を詰めてくる。 「先輩、何かおっしゃってましたか?」 「いや……?」  アルバは首をかしげる。特別にアイビィの話をした記憶はない。アルバをじぃっと見つめてから姉は悲しそうに目を伏せた。 「……変なこと聞いてごめんなさい。」  ふいっときびすを返す。しょんぼりと肩を落としたまま部屋を出て行ってしまった。  ***  クラウディアが何か言ったのか、はたまた何も言わなかったのか、二人の縁談はそれきり続かなかった。  しかし、学園を中心に交友関係が重なるのだろう、パーティではよく顔を合わせた。話をしたことで学生気分がよみがえったのか、クレエがクラウディアを見つけては突撃していくのだ。アルバも姉を追いかけて挨拶をする。  本当に、挨拶だけだ。先生を慕う10歳そこらの淑女達を、姉とそろって蹴散らす気にはなれない。邪魔にならないように直ぐ退散するようにしている。  踊ってきたらどうだ、と兄に何度かつつかれたが、その度にアルバは顔をしかめた。  ***
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