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第一章
「おかあ、さん……。おかあさん!!」
長く、母は病気だった。私を育てるために頑張って。その結果、無理がたたり病気になった。
「ああ、あ、ん……ず。わた、しの……、可愛い…………、子……」
「おかあ、さっ!!」
「ご臨終です」
母の死を告げる医者の声が、無機質で。
「おかあさん、ねえ、めをあけて……。おはなし、してよ……。また、わらって……?」
固く閉じられた瞼は、動くことはなく。さっきまで温かったはずの手も、今は徐々に体温が失われていた。
「どう、して…………、私を、ひとりに、しないって」
言ったのに、その言葉は声にならないままに出ていった。
涙ながらに見た、母の顔はひどくやつれていて。手首も、私より細くて。
「おか、あさん、いっぱい、たたかったんだね……。わたし、こんなになるまで、きづけなくて、ごめんなさい……」
やせ細った、記憶にある母と違う母に、また涙があふれた。会いたくても、これから先二度と会うことはできない。声が聞きたくても、二度と聞けない。人は声から忘れていくという。
そして、人が死ぬ間際に残る感覚が、聴覚だという。
母に、せめて笑顔でありがとうって言わなきゃ。笑った顔が見られなくても、声で、忘れてほしくないから、精いっぱい感謝を、伝えなくちゃ。
「おかあさん、ずっとありがとう……」
辛い、悲しい別れ。でも、言わなくちゃ。これが最期なのだから。
「天国では、ゆっくり休んでね。私も、いっぱいいっぱい、頑張って生きて、お母さんに、話せるくらいの思い出を、つくっ…………て、つくって…………、おかあさんのところに、いくからね」
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