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精霊王は聖女を溺愛したくてしかたがない
さて、どんな返事が返ってくるかしら?
クローディアは嬉々として、氷の精霊王からの天からの神託に期待していた。
室内にはばか王子夫婦に、神官長、国王配下の騎士や文官の面々。
そして、将来の夫の部下までいる。
さすがに国王夫妻はまだ連絡が届いていないのか、それとも準備中なのか。
まあ、王様ともなったらそれなりに仕度もするだろうし。
時間は充分にあるから問題ないわ。
神官長に下るのか、それとも、この場にいる全員に下るのか。
どうするの! 旦那様!?
せめて、天の声を降らして欲しかった。
しかし、クローディアの期待はいい意味で裏切られることになる。
「なっ!?
なんだ――っ!!???」
「‥‥‥へ?」
「手が、わたしの手があ――っ!!!」
「あらら‥‥‥凍り付いてますねえ、王子様?」
王子は痛いだの熱いだのと叫び、転げまわっている。
配下の人間が駆け寄ろうとするが、彼らが近くに行く前に、氷の壁がそれを遮断するようにいきなり張り巡らされた。
「こっこれは?
クローディア?
まさか、お前の能力か??」
なんというむごいことを‥‥‥。
そう、神官長は嘆いていた。
でもクローディアにはまったく身に覚えのないことだ。
そのうち、大臣の意匠をつけた、誰か知らない人間が声を張り上げた。
「お待ちを、お待ちをー!!
精霊王様―!!
どうか、どうかしばらく―‥‥‥。
しばらく、お待ちくださいませっ!!!」
「あら?
あちらは理解されているみたいですけど、化けタヌキ様?」
「クローディア!?
お前、まだわしに恥をかかすような呼び方を‥‥‥」
神官長、この事態でまだ体面が大事ですか?
あほかこのオッサン。
確かに、神官時代の自分とはかなり物言いも、態度も豹変しているとは――クローディアには自覚があった。
過去の自分を良く知る誰かなら、唖然とするだろうな、そう思う。
でもそれは、このどうしようもない自分の家族をどうにかしないといけないし。
恨みはまだ晴らしてないし。
それに、とクローディアには隠している思いもあった。
悪者になるのは、自分でいいじゃない。
旦那様は偉大なる精霊王様。
彼に、神である存在に恥をかかせる必要はないのだと。
無茶を言い、ここまで彼の部下もついてきてくれた。
悪役は一人でいいのだ。
だから、いまは嫌われるようにしよう。
とことん、どこまでも、伝説に残るほどに。
「知りませんよ、神官長。
あなたは今や、わたしの格下。
どのように扱おうが、わたしの勝手ですから」
「なっ‥‥‥何という、物言いを‥‥‥。
いつからわしがお前の部下になど!?」
「だからー部下じゃなくて、格下なんです!!
妹は王子妃、そうなると自動的にわたしは爵位が上がるんですよ。
意味わかります?
女侯爵が、女公爵になるんです。
神官長は、せいぜい、侯爵止まり。
わかります?」
「いっ家柄だけは我が家の方が上だというのに!?」
「家柄、だけ、ね?
格はわたしの方が上。
残念でした、化けタヌキ。
神官長のくせに、氷の精霊王様の神託も受けれないんですか?」
「神託‥‥‥?
だが、この状況はお前が――」
なんで理解できてないんだろ?
氷の精霊王様の部下までついてきてるのに。
この王子に下された罰が、何についてかも話したのに。
そう思ったら、王子の手だけじゃない。
今度は神官長そのものが氷塊に閉じ込められてしまった。
あの声を上げた大臣は、さらに許しを乞う願いを天に向かって叫んでいる。
多分、この場で一番良く現状を理解しているのは彼だろうな。
クローディアにはそう見えていた。
ただ、彼女は甘かった。
氷の壁で隔てられた向こう側には―‥‥‥あの、悪知恵が働く異母妹、アンナがいたからだ。
「王子様!
なりません、早く御姉様に謝罪を!
これはあの時、王子様が精霊王様のこの世の代理人である聖女様を軽んじる発言をした罰なのですわ!!
さあ、お早く!!」
「馬鹿な、妻よ?
お前は気が触れたのか?
これはすべて、そこにいるクローディアがした自作自演にきまっておる!
あれは、氷の聖女なのだぞ!?」
「ですから!!
その神の代理人を辱める発言がだめなのです!!」
「まさか‥‥‥信じられん。
それならば、あの時に怒りの裁きが下るはずであろう?
なぜ、昨夜になってまでー!!??
しかし、もしそうならば‥‥‥」
神よ、どうかわたしの愚かな発言をお許しください、なんて王子様は憐れそうな声と仕草で床に膝をついて天を仰ぎ祈る始末。
クローディアには、氷の精霊王の呆れたため息が聞こえたような気がした。
しかし、精霊王の怒りはその程度ではおさまらないみたいだ。
王子の凍った手は相変わらずそのままだった。
「何故だ!?
妻よ、やはりあの聖女が何かを――うおおおお!!??」
馬鹿だ。
妻となったアンナもまた、自分の夫の愚かさを痛感していた。
今度は足まで凍り出した。
止める術なんてない。
だって、宮廷魔術師が総がかりで炎系の魔法をかけても、彼らと王子夫婦を遮る氷の壁はまったく解けないからだ。
人間って、なんて非力なんだろう。
この思いはさすが姉妹というべきか、クローディアもアンナも同様に感じていた。
結界の中で過ごせるその恩恵がどれだけ偉大で寛容なものか。
それを精霊王に嘆願し、いまに至るまで維持してくれた先人たちの努力も理解できるような気がした。
ただ、王子だけが理解していなかった。
極寒の地獄に戻る可能性が、いますぐにでもこの国に訪れるかもしれないということを。
「王子、いいえ‥‥‥マクシミリアン」
「なんだ!?
こんな目にあわされた夫を庇わんか、この愚か者、それでもわたしの妻か、お前は!?」
「マクシミリアン‥‥‥あなたが選んだ結果がそれですわ。
御姉様からあなたを奪った罪がまだわたしには及んでいませんけど。
あなたはそれ以上の罪を発言したのです、どうか謝罪を」
「わたしがか?
あれだけ数か月もの間、痩せる努力をし、あれに!
クローディアに相応しい男になろうと努力してきたというのに!!
いきなり聖女になったと裏切ったのはあちらではないか!
そこに便乗したのも‥‥‥」
こんな憎しみのこもった目をするなんて。
この人と長く生きてはいけないかもしれない。
アンナはそう思い始めていた。
彼は自分で選んだことでなにか不都合が起こると、きっと誰かのせいにせずには生きて来れなかったんだわ。
だから、あんなに太っていたんだ。
女性に優しかったのも、御姉様の為に努力したというのも。
全てはー‥‥‥自分を他人に良く見せたいがため。
自己犠牲の精神なんて、ないんだわ、と。
そう、王子の内面を理解し始めていた。
「そう、ですわね、王子様。
わたしもおっしゃる通り、御姉様からあなたを譲り受けましたわ。
だって、我が公爵家と王家の縁組みは姉でも妹でも同じことですから。
わたしはー‥‥‥」
「なんだ?
お前には罪など無いような発言をするではないか!?」
「ありません!!」
「は‥‥‥?」
この、は?。
は、クローディアも同意見だった。
なぜ、そこで罪が無いと言えるのあんた。
どれだけ面の皮が厚いのよ、と。
「なぜ‥‥‥そう、言いきれる?
お前には恥というものがないのか?」
「だって、マクシミリアン。
あなたがわたしを選んだんですよ?
それを受けるのは王家の臣下として当たり前のことですから。
それにもう結婚も済んだのです。
あなたも一人前の男として、きちんと自身の罪を認めるべきです」
「アンナ、お前‥‥‥っ!?
すべてはわたしに非がある、と??」
「それは仕方ありません。
主はあなた様なのですから。
わたしは付き従うだけのことでございます。
それと――」
「なんという女だ、妻よ。
お前に愛はあるのか‥‥‥?」
それをあんたが言うか!?
クローディアがそう叫ぼうとした時だ。
天井に当たる空間が突然、曇り空から光が差し込むように、雲海を割ったかのように道が出現した。
あ、旦那様だ、多分。
クローディアには、なぜかそれが理解できた。
その部屋にいた人間たちにはそれが何かはわからない。
ただ、人間の仕業ではなく、自分たちがそこから現れた神々しい一人の男性に多大なる恩恵があることだけははるかな先祖の記憶に刻まれていた。
誰もがその場にひれ伏していた。
あのばか王子、マクシミリアンすらも。
ただ、一人――クローディアを除いて。
「初めてだな、王国の人身たちよ」
「旦那様‥‥‥なんで?」
「何故?
決まっているだろう。
我が愛しい妻の為に、この身を動かさずにどうすると言うのだ?
なあ、氷の精霊王妃クローディア?」
精霊王妃?
その言葉を聞いた中でもっとも畏怖し、そして、歯噛みをして悔しがっていたのは‥‥‥
やはり、王子妃アンナだった。
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