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精霊王のささやかなる報復
「さて、王子。
お前もなかなに面の皮の厚い、欲にまみれた女性を妻に迎えたものだな?
もう少し冷静に女性の内面を見るべきではなかったのかな?」
「くうっ―――!!!」
「どうした?
そんな悔しまぎれの声など求めてはいないぞ?
わたしはお前になんと命じたかな?」
「そっ、それは!
精霊王様の御加護を理解しろ、と‥‥‥。
しかし、そのような命じたと言われるのであればー‥‥‥それは、まるでこの国が精霊王様の支配下にある。
そう、言われるような素振りではないですか!?」
マクシミリアンは両手足の痛みに耐えながら、盛大に文句を言っていた。
自分はこの国の王子だ。
王の命令ならば受け入れるが、支配していないと言うならあなたに従う義理はない。
そう、言いたいようにクローディアには見えた。
えーと、どうします?
また、凍らしますか?
クローディアは、氷の精霊王を見て手ぶりで問いかける。
しかし、精霊王は任せておけとばかりに片手をあげてそれを制止した。
「こ、これ!?
このバカ息子がっ!」
慌てて飛び出して来ようとする国王にも、精霊王は手で合図する。
まあ、待て、と。
それを見て国王はどうすればいいのか迷っていた。
「しかし、精霊王様。
ここは、国の成り立ちなどを理解していない。
いえ‥‥‥教育できていなかったわたしの失態。
父親として教える義務がありますればっ!!」
「いいのだ、王よ。
これも余興、ああいや。
それは失礼か‥‥‥」
「いいえ!
精霊王様がそれでよろしければ、問題ございません!」
「そうか、それはすまんな」
「はっ!!」
と、そう王様は言っているがその顔には息子がどうなるのかという不安がちらほらと現れていて、クローディアはそれに気づいていた。
精霊王は、人じゃないから気づかないのかもしれない。
でも、旦那様は敢えてそれをしているような気もする――
クローディアはこれはとことん、楽しもうとしている彼の本心がなんとなく理解できたからここは黙っていることにした。
王様には少しばかり、申し訳ない気もしていたが‥‥‥
「さて、王の許可もでたことだ。
王子マクシミリアン。
お前の問いに答えてやろう。
それはな、幾分かは正解だ。
だが、大いなる勘違いをしているぞ、王子」
「勘違い‥‥‥?
しかし、ここは王国でその宮廷であなた様はこんな無茶苦茶をされている!
それは、神としての権力の乱用ではないですか!?
さきほどまで、神は人の世には口出しをしないと言っておきながら‥‥‥矛盾だらけです」
やれやれ。
これほどの馬鹿にも困ったものだ。
精霊王はクローディアをちらりと一べつすると、ため息をついて王子に向き直った。
「王子、その土地のある場所は現世で、結界まで張って自然の環境をわたしは変えている。
神が人の世に干渉するのは過大にはよくない。
だが、これは過大すぎる干渉だ。
なぜ、可能か考えたことはないのか?」
「なぜ、と言われても。
それは、初代の国王があなた様に嘆願し、この結界をー‥‥‥」
「そうだな。
だが、他の神からすればこの行為は行き過ぎだ。
わたしは罰せられてしまうかもしれない。
はるか東にある風の精霊王の結界の王国もそうだ。
なぜ、許されていると思う?」
「そんな神の世のルールなど、人のわたしには分かりませんよ!
何より、こんな無茶苦茶が許されるはずがない!
おまけにあなた様はわたしの妻まで――愚かな提案をしたとは思いますが、それでも他者の妻を小馬鹿にして恥ずかしくはないのですか、精霊王?!」
あんた、それ盛大な自分自身への逆砲火になってること、理解してる‥‥‥?
クローディアも、王国の臣下たちも唖然としていた。
よくそこまで自分本位な発言できるわねー。
あーあ、王様の顔が赤くなり青くなりまるで、生死の境を行き来してるみたい。
可哀想な王様。
クローディアは、今では義理の親戚になっている彼に同情してしまう。
あんな息子に、我が公爵家の恥ともいえる妹。
似た者同士で好き合うとは昔から言われて来たけど、これはないでしょ。
実に、その両親や姉である自分すらも‥‥‥恥をかかされた気分になってしまう。
精霊王が自身の城で言っていた、父親を世間から愚か者あつかいされたままでは困る。
その意味が理解できたような気がした。
そして、精霊王ははっきりと言ってのけた。
「まったく恥ずかしくないな」
「なっ!?
なんと恥知らずな‥‥‥」
「恥知らず?
先にしたのは誰かな?
ついでに言えば王子。
考える癖をつけるべきだ。
それでは良き主にはなれん。わたしがこの結界を張り王国を維持しても他の神から叱りやそしりを受けないその理由はな、ここがわたしに与えられた管理地だからだ。
ついでに言えば、この土地はわたしやその前任だった精霊王たちの受け継いできた土地だ。
人間が入ってくる数千年近く前からな?
お前たちは借り受けていることを理解していないのではないか?」
「借り‥‥‥受け?
では、この大地の上にいる限り、あなたが真の主だと‥‥‥そんな、そんな馬鹿な。
それを知りながら、自国を名乗っている我が王国は何なのですか。
他者の土地で、国を名乗るなどー‥‥‥ありえない」
信じられないと、マクシミリアンは首を振る。
これまでもってきた王族としての矜持が、誇りが音を立てて崩れ落ちた。
そんな気分に彼はなっていた。
一方、クローディアはといえば――
「面白い‥‥‥」
不謹慎過ぎたけどでもいいじゃない。
自分を馬鹿にして捨てた男がここまで情けない顔をするなんて。
その妻の妹も、誰にも合わせる顔がないって感じになってるし。
こんな胸の空く思いはなかなか出来ないわ。さすが、旦那様。
氷の精霊王の名のごとく、容赦ないのが素敵。
と、妙なところで感心しながらうんうん、とうなづいていた。
もっとやって下さいよ、とは言わないが期待の視線を彼に送りながら、何度もうなづいていた。
それを見て精霊王も満足したかのように見えたが‥‥‥
「ありえなくはないぞ、王子。
その浅薄な考え方がだめだというのだ。
狭量すぎる視界の狭さもな。
誰かの土地を借りて商売をする商人を、誰が責めるのだ?
王国であろうと、商会であろうと、個人の家庭であろうと大差はない。
そこにはきちんとした、小さいかもしれないが国があるではないか。
民に土地に金。
その三つが揃い、初めて国は機能する。
だが‥‥‥お前の国は傾きかけているようだな?」
「わたしの‥‥‥国?」
はっとなり、マクシミリアンは隣を見た。
そこにいるのは妻である王子妃であり、彼女の視線はじっと精霊王に注がれている。
瞳にあるのは、畏怖や怒り、憎しみではなく‥‥‥新しいおもちゃを見つけた子供のように嬉々としたものにマクシミリアンは感じた。
こいつ、まだ――
側室の夢どころか、この王国を飲み込みさらに精霊王に近づける未来を新たに考えているようにしか見えない。
「お前‥‥‥見るのはわたしだけでいいんだぞ‥‥‥??」
「ええ、承知していますわ、マクシミリアン」
素直な返事の裏にはとてつもない欲望が秘められているようで、王子はさらに厄介な問題を自分から背負い込んだことに気づいていた。
王国の未来に見える、大きな陰りの要因になることも理解しながら‥‥‥
「承知などしていないだろう、妻よ。
この手足どうこうよりも、お前の問題だ」
「はい?
それはどういう‥‥‥?」
「精霊王様。
確かに、このマクシミリアン。
聖女様をけなしました。
そのことについては‥‥‥真摯に謝罪致します」
「ほお?」
「マクシミリアン?
あなた、そんな素直なふりをしても精霊王様に伝わるなどと安易な‥‥‥」
「だまれ、妻よ。
お前のその心に渦巻くものを知ればこうなるわ‥‥‥」
王子夫婦の会話に、精霊王はまだまだ崩壊しそうだなこの王国は。
密やかにほくそ笑むと、クローディアにどうだ、満足か?
そう勝利の視線を送るのだった。
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