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「お金、あったかな?」
中嶋さんはランドセルの中より財布を出して中身を確認した。十円以下の五円や一円と言った極めて少額の余り金をお賽銭として消費するつもりだったのである。
「あった、八円、末広がりで縁起がいい」
中嶋さんは八円を賽銭箱に投げ入れ、二礼二拍手一礼をした後、踵を返した。貴文くんは未だに見慣れない少年と二人でブランコを漕ぎ続けていた。
「帰るよー」
貴文くんはその声に反応して、漕いでいたブランコの勢いに乗って飛び降りた。そして、中嶋さんの元へと走ってくる。彼女は見慣れない少年について尋ねた。
「見慣れない子ね、クラスの友達?」
「ううん、知らない子」
「え?」
「児童館から出て、皆でこの辺りで遊んでると知らない内に一緒になってるの。名前は知らない。聞いてないもん。夕方ぐらいにしか会ったことない」
「あんまり知らない子と一緒に遊ぶもんじゃないよ」
「でもあの子、足早いし、力持ちだし、面白いよ」
「ふーん、そんな子いるんだ」
中嶋さんがブランコの方を見ると、見慣れない少年は既に姿を消していた。そこにはブランコ先程まで主がいたかのように軽く揺れているのであった。ああ、帰ったのか。
中嶋さんが一歩を踏み出そうとした時、スカートを掴まれているような感じを覚え、踵を返した。
そこにあったのはスカートの裾を握る少年の姿であった。少年は上目使いで何かを訴えかけるような目で中嶋さんの目をじっと見つめている。
そして、徐に口を開いた。
「ともだち、連れてかないで。もっとあそびたい」
中嶋さんは膝を曲げて少年に目線を合わせた。
「あのね、あたし達、もう帰る時間なの。あなたももう帰る時間でしょ?」
少年は首を横にぶんぶんと振った。そして、貴文くんの手をぎゅっと握る。別に何の不思議もない行為だが、中嶋さんはそれを気持ち悪くも怖く感じるのであった。
「じゃ、お姉さんと一緒に帰ろうか?」
少年は再び首を振った。そして、貴文くんの手を握り引っ張りにかかる。
「もう、夜になると暗くなって危ないよ…… 暗くならないうちに帰ろ? ね?」と、中嶋さん。
少年はやはり首を振って拒否の構えを示した。そして、声変わり前の少年らしい声でボソリと呟いた。
「昼と夜との間だから暗くないよ。だから遊ぼ? お姉ちゃんも一緒に遊ぼうよ。ほら、ブランコ、後ろから押してよ」
中嶋さんはその瞬間に全身を真冬の池に浸したような寒さを感じた。これ以上、この少年と一緒に居たくないと考え、足早に神社を後にすることにした。
「ほら、帰るよ。今日は弟と遊んでくれてありがとね」
中嶋さんは貴文くんの手を引いて神社の外に出た。鳥居を潜り、本殿への一礼をしようと踵を返すと、参道の中央で寂しそうに二人を見つめる少年の姿があった。
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