八と勾玉姫

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とある世界のお話です。 四方八方を大国にはさまれた小国がありました。 この小国を治める王様には、7人の美しい娘がいて、そのうち6人は、それぞれ大国へと嫁いでいきました。 残る娘は、末の娘でした。 末娘は、王様の亡き後は、小国を治める跡取りです。 この末娘は、小国に代々伝わる、未来を予見する翡翠の勾玉を受け継いでおり、いつの頃からか、人々は、この娘を勾玉姫と呼んでいました。 勾玉姫は、細い首から、この勾玉をさげると、翡翠のように透き通る緑色の瞳で未来を見通し、若桃色の唇から、白く美しい歯をのぞかせ、未来を予言しました。 予言は、喜び事から災いまで、様々ありました。 小国の人々は、予言によって、喜び事は更に喜び、待ち受ける災いは避けて、暮らすことができました。 ところで、代々伝わる翡翠の勾玉は、清い者にだけ未来を見せました。 そのため、勾玉姫以外の者が、翡翠の勾玉を持っても、未来は見えないのでした。 779364a5-ae40-4660-bea8-989f8328f642 さて、小国の真ん中には、他国を圧倒するほど高くそびえ立つ山があって、この山すべてが、巨大な翡翠の原石でした。 小国の人々は、色とりどりの翡翠の原石をそれぞれ削って、勾玉や大珠といった装飾品を作り、四方八方に広がる大国へ売っていました。翡翠の装飾品は、小国の人たちによって平和への祈りが込められました。 この翡翠の装飾品を身に着けた者は、災いから守られると大層評判で、実際がそうだったのです。 その昔、周辺の大国は、この資源に恵まれた小国を手にいれようと、かわるがわる攻め入りました。 しかし、代々勾玉を受け継ぐ者の予言を基に、小国は戦略を練って戦い抜き、または、不思議と小国に味方するように起こる嵐や洪水といった自然の驚異により、戦況の不利は大国に傾き、大国は次々と打ち負かされていったのです。 そして、小国は勝利の度に、二度と小国に攻め入らないとの協定を、大国たちと結んでいきました。 また、小国の代々の王様は、翡翠の装飾品を大国に売って得た利益を、小国の人々と満遍なく分け合いました。 小国の人々は、豊かな生活と平和の中で王様を慕い、独自の国家を築いていったのです。 このような小国の人々が作った、祈りのこもった翡翠の装飾品でしたから、どの国でも珍重されました。 どの大国も平等に翡翠の装飾品を買えるように、どの大国も小国を手に入れるため結託しないように、大国同士の協定が結ばれました。 そういうことでしたから、小国はいたって平和でした。 けれども、小国を一歩外に出れば、戦争、疫病、災害、人と人とのいがみ合い、略奪、策略が溢れていました。 どの大国にあろうとも、情勢は少しも油断ならないのでした。 ここに、大国や小国に属さない者たちがいました。 それは、盗賊団です。 盗賊団は、あらゆる自然の中に身を潜め、暮らしていました。 時折、街や村、国すら襲っては、王様や貴族、国の人々、村人たちから金品を略奪し、命を奪い、自分たちの糧にしていました。盗賊団たちは、どの時代をも生き抜いて、引き継がれていたのです。 そして、永久の時の中で、収奪の限りを尽くしながら、次から次へと世界を渡り歩いていました。 この盗賊団は、幾万人にもなる荒くれ者の集団でしたが、そこには必ず一人の親分がいました。 そして、今しがたの親分は、八という名でした。 八の働きぶりは、目を見張るもので、この世界の人々に知れ渡り、皆を震え上がらせました。 そして、盗賊団の誰もに認められ、八は親分になったのです。 もともと、八は、この盗賊団が襲った村の若夫婦の子供でした。 まだ、物心もつかず幼かった八は、盗賊団の小間使いとして、生かされました。 盗賊団の男たちというのは、八と同じように子どもの時分にさらわれた者、世間のつまはじき者、嫌われ者で、どこにも居場所のない、はぐれ者でした。そういった者たちが集まっていました。 そんな者たちですが、幼い八に何かしらの悪行を代わる代わる熱心に教え込みますので、八は、すっかりこの悪党どもを自分の仲間にして、大の大人になりました。 八の両親は、人を思いやるような優しい大人になるよう、それはそれは熱心に教え育てました。 村人たちも素直で明るい八をかわいがり、目をかけていたのです。 今や、若夫婦も村人も、一人として生きてはいません。 八は、自分の生まれを思い出しもしませんし、考えもしません。 人々は震えながら八を見ます。 八の一挙手一投足に、盗賊団の仲間は震え上がります。 由緒正しい盗賊団の親分として、八は満ち足りていました。 1c31694e-b451-4510-8509-b5a17f1e220d 暖かい日が続き、小鳥たちがさえずる様になった、ある春のことです。 花が咲き誇る城の庭を散策する、勾玉姫の美しさも、また、時を迎えていました。 王様は、城の回廊に立ち、庭を歩く勾玉姫を見守っていました。 「さぁ、王子を迎えねばならん」 王様の一声で、勾玉姫の王子探しが始りました。 小国といえども、次期女王の夫となる者です。 優しく、心の清い勾玉姫の夫になる者でもあります。 王様もお妃も、小国の人々も誰を迎えるべきか思案しました。 周辺の大国はそろって自国の王子を、勾玉姫の夫にしてほしいと申し入れてきました。 王子の誰もが、幼い頃から勉学、武道、作法にと努力を尽くし、見目麗しい者たちばかりです。 「誰を選ぶかね」 王様は、勾玉姫に尋ねました。 「私は、美しく、心に正直な者を選びます」 勾玉姫は言いました。 「しかし・・・・・・。どの者が美しく、心に正直なのか、分かるものだろうか」 王様がそう言うと、勾玉姫が静かに答えました。 「それは、会ってみなければ、分かりません」 「もしや。お前は、見通しているのではないか?」 王様は、勾玉姫に尋ねました。 「勾玉が、私に、私の全てを見せました。私の心は、すでに満ちているのです。しかしながら、出会うのであれば、出会うのでありましょう」 勾玉姫は、言いました。 5a4d802c-1413-40b0-9dcb-ce6558304b2c そこで、王様は、勾玉姫の王子候補を小国に招く盛大な宴を、城で催すことに決めました。 しかし、その宴には、この世界のどのような男たちも出席が許されました。 ただし、美しく、心に正直な者に限られました。 小国の盛大な宴に、周辺の大国は、続々と王子を送り出しました。 誉れ高き、この小国に、ぜひ我が国の王子を迎えてほしい。 どの大国も、この喜ばしい宴に、争い事を一時休戦としました。 新月の夜。 宴の準備の施された城は、盛大な炎の松明に囲まれ、暗闇に白く浮かび上がりました。 そこには「我こそ、美しく、心に正直である!」と自負する男たちが数限りなく、城の中へと列を作り、入って行くのが見えました。城の中では、一人一人の候補者たちが王様に挨拶をしていました。 その様子を城の回廊から、勾玉姫は見つめていました。 すると、はるか先の暗闇を真っ赤な炎の塊が、城めがけて縫ってくるのが見えました。 小さな悲鳴が聞こえます。 悲鳴は、ひとつ、ふたつ増え続け、それとともに、真っ赤な炎は更に集まり、みるみるうちに、巨大なうねりとなっていきました。 勾玉姫は、真っ赤なうねりに目を凝らしながら、両手を高く掲げては、下げ、掲げては下げました。 その仕草とともに、門兵は、開かれていた全ての門扉を、一斉に閉じていきました。 勾玉姫は、回廊をすぐさま下って庭に出ると、馬屋に駆けて、自分の白馬にまたがり、閉じられかけた最後の門扉から、城の外へと飛び出しました。 「盗賊団だー!!!」 突然の叫びが、闇夜を切りました。 「たっ、助けてくれー」 「や、やめてくれー」 悲鳴は、はっきりとした声となりました。 闇夜に並ぶ男たちの列を駆け抜ける赤い炎は、馬に乗った盗賊団の背負った真っ赤な松明だったのです。 盗賊団たちは、手に手に刀剣を持ち、道行く男たちをこともなげに、切り倒して進んでいきます。 盗賊団の先頭には、もちろん八の姿がありました。 木の葉を散らすように、人々は逃げまどいました。 城でも、恐怖に怯え、逃げまどう人々があふれました。 盗賊団に捕まれば、命を絶っておけば良かったと、後悔するほどの拷問を受けるのです。 「静まれ」 城の中で、王様の声が轟きました。 人々は、静まり返りました。 王様は、お妃や子供、客人を速やかに、城の奥へと隠しました。 「すぐに、剣を持て」 兵士は、手に手に剣や弓を持ち、自分の持ち場に走りました。 そして、王様は、自分も剣を手に取って、回廊に立ちました。 「時が来たぞ!」 白く浮かび上がる城へと刻一刻と近づきながら、八は叫びました。 「俺たちが小国の支配者だ!!!」 休戦した大国、宴に人手を割かれ、兵士の手薄となったこの時こそ、小国を奪う最大の好機です。 喜びが胸あふれ、八は震えました。 永久の時を浮浪した盗賊団は、小国という呼び名の、この世界最大に豊かな国を手に入れるのです。 これで、世界を彷徨うことも、二度とないでしょう。 その時、城から一頭の白馬が駆けてきました。 すぐに、その白馬に、八は気づきました。 そして、近づいてくる白馬の背には、ただならない美しさを持った女が乗っているとも気づいていたのです。 しかし、その美しさは、八に寒気を及ぼすような美しさでした。 八は、自分の後に続く盗賊たちに、「先に行け」と、片手をふって合図を送り、自分はその場に留まりました。 百戦錬磨の荒くれ者ですが、八がいなければ、小国を征服できないと分かっていました。 だからと言えど、この場に盗賊たちを留めれば、こちらがやられるだろう。 八は、直感しました。 すぐに、切ってやる。 心の中で、八は言い捨てました。 白馬は、八の乗った馬の目の前に立ち止まりました。 背には、あの女が跨り、八を見つめています。 「私は、勾玉姫です」 勾玉姫の顔は、八の背で燃える松明にあたり、闇夜に赤々と現れました。 「知っている。それが、なんだ」 八は、右手に持った剣の柄を握りしめました。 「あなたは、八ですね」 八は、うすら笑いを浮かべました。 「よく、ここまできたじゃあ、ないか」 「ええ。いてもたっても、いられなかったのです」 「死に急ぐ奴は、死ぬほど見てきた」 自分の馬の手綱を注意深く引きながら、八は勾玉姫との間合いをつめました。 「あなたは、自分の全てを見たいとは、思いませんか」 自分の胸に手を当て、勾玉姫は代々引き継がれた勾玉を握りしめました。 「何を言いやがる。お前の持っている勾玉は、清い者にしか先を見せない。お前以外に、見れる奴はいない。それどころか、俺のような奴に見たいかと聞く。ばかにしやがる」 唾を吐いて、勾玉姫をにらみ、八は、ふたたび間合いをつめました。 「あなたは、随分、私との距離を遠く感じているのですね」 今度は、勾玉姫が笑う番でした。 「この勾玉は、我がことの先を見せたりはしないのです。けれども、私は私の全てを見たのです。それは、勾玉の意思でした。私は私の全てを見たにも関わらず、我がことではなかったのです」 「なんの話だ」 「この小国は、大国との攻防を切り抜け、長い年月をかけ、ひと時の平和を掴みました。ご存じでしょう?」 白馬が、ふううっと鼻息をもらしました。 「あなたたちも、永久の時を彷徨い続けた」 「なぜ、こんな話をする?」 「まだ、出会っていなかったのです。同じ世界に生きているのですから、いつかは対峙するのです」 「俺は、俺のために、小国を手にいれる」 「あなたは、心に正直に生きてきた。だから、ここにいるのです・・・・・・。あなたも私も」 胸がつまるような焦りが、八を絞めつけていきました。 「そこに起こったのなら、ほんの少しの希望さえ、疑う余地はないのです」 城から、巨大な喚声が沸き起こりました。 盗賊団たちが、城に攻め入ったのです。 もぅ、少しの憂慮もありません。 手にした刀剣に力を込めて振り上げ、白馬の胸へ向かうよう、八は自身の乗った馬の腹を蹴り上げました。 そして、勾玉姫に剣を振り下ろそうとしたその時、八の刀剣が真っ二つに折れました。 八は、信じられない思いで、折れた刀を見やると、勾玉姫の鼻先を横切りました。 その時、勾玉姫の乗った白馬がぶるりと震え、両の前足を高々と持ち上げ、大きくいななきました。 恐怖に我を忘れた白馬が、背に乗せた勾玉姫をも忘れ、暴れだしたのです。 八は、素早く刀剣を捨て去りました。 空いた両手で、白馬から勾玉姫をひきずり下ろし、勾玉姫を抱えたまま、地面へ叩きつけられました。 暗闇が転がる二人を包み、静寂の時が二人の間に流れました。 「起きて」 勾玉姫の声に、目が覚めても、八は暗闇の中でした。 「あなたは、私を助けましたね」 八は、起き上がろうとしましたが、手足、ほか全てが、少したりとも動きません。 どうやら、打ちどころが悪かったのでしょう。 体は、もぅ動かないのだと、八はさとりました。 「やったじゃあ、ないか。殺せよ」 どーん!どーん! 遠くで、砲弾の音が響きました。 「あれは、祝砲です。この戦いに、わが国が勝ったのだと、知らせています」 「そうか」 八は、ゆっくりとまぶたを閉じました。 「さぁ、今なら自分の全てを見れるでしょう」 勾玉姫は、深く上下する八の胸の上に、濃い緑色の翡翠の勾玉を置きました。 勾玉は、その姿の奥深くから光っています。 八の瞳に、ありありとこれまで繰り返された記憶が蘇りました。 「そういうことか」 八は、翡翠色のまばゆい光に包まれました。 目が覚めた時、八は、河原の上で横になっていました。 ごつごつしたまあるっこい石が辺り一面に転がっていて、ついぞその先に、緩やかな川が流れているのでした。 川上には、小国の翡翠の山がそびえていました。 体が動かないまま八は、生き延びました。 八は、小国の河原に置いておかれ、通りがかる小国の人々に、代わる代わる大事に世話をされたのです。気づけば、八は百歳に届こうかというほど、老いていました。 小国の人々は、八に何も聞きませんでしたが、色々な話を聞かせてやりました。 特に、勾玉姫の話は、八の一番聞きたいところでした。 小国の人々は喜んで、勾玉姫の話を聞かせてやりました。 勾玉姫は、一人で小国を治め、だいぶ前ではありましたが、老いて死んでいきました。 今は、勾玉姫の甥が小国の王様となって、小国を守っています。 八は、このままいつまで生き続けるのだろうか、自分に問いますが、まだまだ生きていけそうなのだと思えてならないのでした。 寝転ぶ八の傍らで、子供たちが川を下ってくる角の取れた翡翠を探しています。 山の翡翠を削るのは大人の仕事でした。 子供たちは川に出かけて翡翠を集め、それを使って装飾品を作ました。 子供たちの作った翡翠の装飾品は、ころころとまるい形が、子供たちの丸身を帯びた体にそっくりで、人々を温かな気持ちにさせるのでした。 「はちっちゃん、持ってきたよ」 5つばかりの女の子が、八のそばにやってきました。 その短い指の間に、まるっこい緑色の翡翠が握りしめられていました。 翡翠の薄い面に、小さな穴が一つ開いていて、そこに麻ひもが1本通っていました。 「これね、私が初めて作ったんだよ。はちっちゃんに、あげるね」 女の子はもたつきながら、八の首に、麻ひもを通して両端を結びました。 八の胸の上に、ころんと丸い翡翠が転がりました。 八はこの時、初めて、自分のために、翡翠の装飾品を身につけたのです。 「ありがとう」 しわがれ声で、八はお礼を言いました。 女の子の嬉しそうな笑顔がこぼれました。 そっと女の子が顔を寄せ、八の耳にささやきました。 「また、会えましたね」 八の目が、驚きに包まれ、女の子の瞳を見つめ返しました。 「あなたのために、戻ってきました」 老いた八の目には、外の世界はぼんやりとした光の世界となっていましたが、もし、はっきりと見えていたなら、すぐに気づいたことでしょう。 7ec6708d-7f25-427f-9098-5a6c55fe2162 「さよなら」 女の子は、八のそばから離れると、自分の家へと駆けていきました。 八は、去っていく女の子の後ろ姿を目で追いました。しかし、その目の先にあったのは、美しく鮮やかな翡翠の山容でした。 その美しさに、八は驚きました。 驚きの中で、八は、ふたたび、翡翠色の光を帯びた、あのまばゆい光に包まれていきました。 光の中へ身をまかせ、八は目を閉じました。 おわり
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