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 いまにも限界をこえてあふれそうに重く垂れていた雲が、涙を落とし始めたときに北齋院ふりこは機嫌が悪かった。もともと天気に左右されやすい体調なのだが、その日は前夜の荒苦行がたたったのか、京都という魑魅魍魎が巣くう都に長時間いたせいか、心身ともに摩耗していて、座れる場所をとにかく確保したかった。  この日大阪に移動しいつもの倣いでふらふらと古道具やを覗いていたが、ふと一時の雨宿りの場所に人形浄瑠璃の劇場を選んだのは、偶然ではないのだろう。  彼女の隠れた能力は、こういったなにげない形で現れるのであったが、もちろん本人も後になってわかるものなのである。  しかも現実的には薄暗いホール、申し訳程度にほんの少し倒せられる椅子、そして眠気をよぶ浄瑠璃と、適度の静寂、そのどれもが今のふりこが恋焦がれるほどに欲しているものだった。  丗三間堂棟木由来これが演目の名前だった。柳の精霊と人間の恋という魔訶不思議な物語であった。  現代でいえばファンタジーに入るのであろうか。  もっとも今にも寝落ちしそうなふりこにとってそれはどうでもいいことであったが。  ふりこはわざとB席を選択し、まわりにほとんど観客がいないことを確認すると、体重を椅子に預けた。
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