1 新卒さん

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1-6 あんなの俺も死ぬわ  翌日早番の新庄は、いつもどおりの時間に営業所に到着した。  1番早いコースの配送員も出勤は正午過ぎで、早番の管理課員はその1時間前、11時に出勤する。  平日の11時より前は、唯一本社と同じスケジュールで勤務している総務の横宮詩織(よこみや しおり)だけが営業所にいて、経理と人事関連の仕事を担当していた。  「おはようございます」  うつむき加減で営業所へ入った新庄に、高橋の大きな返事が返ってきた。  「おはよう!」  不意をつかれ「うえっ」と声を上げ飛び上がる新庄を見て、横宮はクスっと笑った。  「所長、今日お休みじゃないんですか」  「いや、早番エイトだけだったと思ってさ。遅番が来たら帰るよ」  モニターに視線を戻した高橋に、新庄が不満げに言った。  「自分だけでも大丈夫ですよ」  高橋はキーボードを叩く手を止め、顔を上げた。  「エイトだからってことじゃなくて、しばらくは管理が1人にならないようにするから。とりあえず研修レポートと三納くんのメッセージは見たけどね」  「そういうことですか」  表情を緩め、新庄は自分の席に座ってカタカタと仕事を始めた。  「お昼いただきますね」  しばらくして正午になり、横宮が席を立った。そろそろ早いコースの配送員たちが出勤してくる時間だ。  横宮が出て行くのを確認すると、高橋は立ち上がり、新庄の横の椅子にサッと座った。  「エイトのことは信頼しているからな。念のためだけど、あの子には絶対に手を出すなよ」  新庄はぎょっとした顔をした。  「いや、なんで、誰かそんなこと言ってましたか」  慌てふためく新庄を見て、高橋は笑った。「誰が見たって分かるだろ。社内で云々ってのは、絶対にダメだからな。見てるだけにしとけ。首が飛ぶぞ」  両肩を叩かれた新庄は、結局「はい」と力なく返事するしかなかった。  同じころEVスクーターで出勤したよつ葉は、腕時計を見たあと、駐輪場の端からゆっくりと倉庫裏の停泊エリアを覗き込んだ。  「さすがに早すぎたかな……」  いくつかに分かれた七ツ星船の停泊エリアのうち、一番右端に星野の担当船は泊められていて、ひと際輝いていた。  船の近くまで歩いて行ったよつ葉は、船に話しかけた。  「きみは大切にしてもらえていいなあ」  それから横を向いてみる。「イヤイヤ、ボクダッテ、ヒドイコト、イワレテマスヨー。——なんて」  やるだけやってみて、「ばかみたい」と呟き、大きく息を吐いた。  それから腕時計を見て営業所へ向かおうとしたとき、船を挟んだ反対側から話し声が近づいていることに気づいたよつ葉は、とっさに船の裏側に隠れた。  話し声はどんどん近づいてきて、よつ葉はすぐに自分の話をされていることに気づいた。  「あの子さ、星野なんだってね」  「星野さ、5年ぶりだって。あれから一切指導員してなかったもんね」  「自分のコピー作るわけじゃないんだからさ。俺の指導員星野じゃなくてよかったって心から思うね」  「ただでさえ『手積み手降ろし』なんて時代錯誤なことしてんのにさ。いや、あんなの俺も死ぬわ。大丈夫かな、あの子……」  2人は並んで話しながら星野の船の前を通り、営業所のほうへ向かっていった。  ところどころ聞き取れなかったが、話の断片からよつ葉はこう推測した。  『5年前に、星野を起因とした何かしらの事故があって、新人が下手したらお亡くなりになるレベルの状態になり、それから星野は指導員をしていない』  よつ葉が星野に憧れていたことを把握していたならまだしも、そんなことがあった星野を5年ぶりに指導員に起用してまで自分にぶつけてくる真意は——。  よつ葉は唇を噛んだ。  「負けられない」  何といっても、8年越しの憧れを実らせてここに来たのであって、いずれは星野と肩を並べる存在になると、入社する前から決めているのだ。  よつ葉は営業所へ向かって走り出した。その表情は吹っ切れていた。
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