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1 新卒さん
1-1 星乃運輸七ツ星営業所
「お先に失礼します」
「あ、横宮さん、来週またよろしくお願いしますね」
野代将誠が声をかけると、高橋惺士も出口に向けて手を振った。
しばらくして扉が閉まるのを確認すると、高橋は椅子ごと後ろへゆっくり振り返り、窓の外を眺め、ぽつりと呟いた。
「新卒ってなんですか」
ここは星野運輸七ツ星営業所。
あまねく宇宙に展開する、最大手コンビニエンスストア「七ツ星ストア」。
人類が住む惑星系では最小規模である「カボス星系」の主星、「カボス星」に本社を置く「星乃運輸」は、七ツ星ストアの配送を請け負っている。
その営業所は七ツ星ストアの完全子会社である「七ツ星ロジティクス」が運営する「カボスドライセンター」の片隅に置かれていた。
「マサさん、新卒ってなんですか」
一旦なんとなくスルーしたものの、どうやら質問されているようだと気づき、野代は仕方なくモニターから顔を上げた。
「甥っ子の話ですか」
「違いますよ」
椅子を回して机に向き直った高橋は、眉間にしわを寄せて手招きし、自席のモニターを指さした。
野代は面倒そうな表情を浮かべたものの、よいしょ、と立ち上がり、横からモニターを覗き込む。
「誰?……所長のとこって姪っ子でしたっけ。しかもかわいいな!」
首を横に振りながら、高橋はモニターの隅を指さした。
「新卒採用社員の件……。は?うちの話?」
今度は何度も首を縦に振りながら、イメージファイルを閉じてメッセージを指す。
「ユズの8年前の災害被災者で……。え?、えええ?」
人差し指を口に当て、しかめっ面でシーッ、と小声で言う高橋に野代は呆れた表情を浮かべ、静かに自席に戻った。
「……ということなんですよ」
「本人は分かっていて応募してきているんですか」
「いや、社長によると彼女のお母さんもウチが関係あるって知らないって。本当かどうか分かんないけど」
野代は少し驚いた顔をして、すぐに笑い出した。
「俺も2回しか見たことないけどね」
高橋もつられて笑う。「この営業所で知ってるのマサさんと俺だけだからね」
ははは、と2人でしばらく笑ったあと、高橋はフーッと長く息を吐いた。
「でもマサさん、たとえうちの船に災害救助されたっていっても、8年間もずっと思いを持ち続けて大学出て新卒で入社するって、この子ヤバくないですか。だいたい新卒のやつなんてうちで見たことあります?」
「まあ、縁故って分かっていようがいまいがね。てか、ここで受け入れるの?」
「うちの営業所で働くために応募してきてるんだから当然でしょう」
当然でしょう。高橋の言葉に野代は口を半開きにしたまま、遠くを見つめた。
「難しいの放り込んできたねえ……。かわいいけど」
「見た目はね……。うちはコンビニ配送なんだけどね……。しかも弁当じゃなくて重いほうなんだけどねー……。」
額を掻きながらボーっとモニターを眺めていた高橋は柱の時計を見て、急に思いついたように立ち上がった。
「三納と新庄はもう帰ってくるんでしたっけ」
「もう戻る頃ですけどね」
腕時計を野代はちらりと見やった。
「そういえば星野の件はどうします?」
一瞬、ん?という顔をしたのは、明らかに忘れていたようだった。
「少し出かけますわ。その件も保留で」
上着を羽織りながら、高橋はまた眉間にしわを寄せて手招きし、自席のモニターを指さした。
「これ、見たら閉じておいてくださいよ」
そう言い残し、じゃあ、と手を挙げて勢いよく営業所から出ていく高橋を見送り、野代はやれやれ、と腰を上げた。
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