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2 ベルガモット
2-1 パティシエ見習 藤木環名
その週末の土曜日、よつ葉は昼前に目が覚めると、いそいそと幼なじみに連絡を取り、翌日ようやく再開することになった。
月曜日からは免許合宿――。
ベルガモット星はカボス星から高速航路で1時間半の距離にある。
ところが2星系間の航路が不安定になることが多かった経緯があり、カボス星系は小規模ながら独立行政区の地位を守っていた。
さすがにカボス星で免許が取れないわけではないのだが、その日程が最短であったらしく、加えて、高橋なりの配慮があったのかもしれない。
「いいなあー」
「でも、遊びに行くわけじゃないからね」
よつ葉と幼稚園から高校まで、15年以上一緒だった藤木環名は物欲しげな顔をずっとしていた。
環名はカボス星のメインターミナル近くにある洋菓子店でパティシエの見習いをしていて、よつ葉より社会人経験は1年上だ。
カボスドライセンターは配送拠点としての性格上、メインターミナルからはほど近い距離にあり、2人の幼なじみの家もそれぞれその線上にあった。
「ここもほぼ毎日来てるんだけど……」
『話題のジェラード』に30分並んでようやくありつけたよつ葉は、テラスの椅子に座り、ターミナルから伸びる星間航路の中を通っていく船に視線を奪われていた。
「そんなに船が気になるか!」
環名のツッコミに、よつ葉は照れくさそうな顔をする。
「私も一緒に救助された身ですけどね――」
それ以前からよつ葉の行動をずっと見ていた立場をもってしても、よつ葉の強固すぎる信念をどう受け入れているのかは、その口調に滲み出ていた。
「そういえば、よつ葉の先生、どうなったの?」
環名は学生時代、興味がないと言っているにも関わらず、よつ葉によって何度か星野を観察させられた。
その星野が指導員になったのに、あり得ないほど性格が悪いという話は、環名も大いに興味が湧いたようで、すぐさま食いついてきたのである。
「ああ、結局よくわからないんだよね」
「わからない?」
「やめるって言いだしたのだけど、最後まで見させてくれみたいな話になって」
環名は眉をひそめた。「昔から話を端折りすぎなんだよ、よつ葉は」
昔から何度も受けた幼なじみからの指摘を、久しぶりに直接聞いたよつ葉は、嬉しくなって笑ってしまった。
「なにがおかしいんだよ」
呆れ気味に言いながら、環名はよつ葉の笑顔にほっとした表情を見せた。
よつ葉から経緯を聞いた環名は、結局よくわからない様子で首を振っていた。
「よつ葉に負けず劣らず、そりゃ変わり者だわ」
「まあ、ねえ、環名のとこじゃ考えられないでしょ?」
「そりゃ、弟子がマズいケーキ作ってんのに放置する師匠なんていないよ」
それを聞いたよつ葉は、その例えが的確であるのかそうでないのか、よくわからなくなってきた。
――たとえば、何人かの職人がいて、そのうち1人の作るケーキだけが飛びぬけて味が良かったとしよう。
材料が同じなのに差がついてしまうと、残りの職人はどう思うだろう。腕を磨こうと思う者もいれば、余計なことするなと思う者もいるかもしれない。
そのとき、その優秀な職人は、わざわざ自分の作るケーキの質を落とすだろうか。
さらに、もし見習いの面倒を見ろと言われても、最低限のことしか教えないだろう。なぜなら、必要以上のことを見習いが身に付ければ、目障りな存在になるからだ。
「あの物言いがなければ、受け入れられるのにな」
ぼーっとしながら呟くよつ葉を見て、環名はまた呆れ顔をした。
「何か答えは見つかりましたかね」
はっとして環名に視線を戻したよつ葉は、笑いながら首を傾げた。
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