1 新卒さん

7/12
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
1-7 悪い人じゃないんだよ  走って営業所に飛び込んだよつ葉を見て、高橋と新庄はあっけにとられていた。  「おはようございます!星野さんは?」  「いや、もう少しで来ると思いますけど……」  よつ葉に圧倒され呆けたままの新庄に、ちょうど出勤してきた矢作が声をかけた。  「エイト、点呼点呼」  よつ葉がスキャナの前に立っていたことにようやく気づき、慌てて認証操作をする新庄の後ろから、高橋が声をかけた。  「昨日と同じところなんで、ここで星野を待っててもいいし、先に積込バースへ向かっててもいいけど——」  「バースで待ちます!」  よつ葉は即答し、3人にお辞儀をすると足早に倉庫の方へ向かっていった。  「元気そうじゃん」  意外そうな表情の矢作に、高橋と新庄は揃って首を傾げた。  その後すぐに高橋は「あっ」と声を上げ、手元にあったタブレットを手に取った。  「星野が来るまでデータ見られないから、コレ渡しとくか——」  そう言いながら新庄を観察していた高橋は、その鼻が膨らんでいくのを確認して、矢作のほうを向いた。  「矢作さん、悪いけどこれ、使い方も教えてあげて」    積込バースで矢作からタブレットを受け取ったよつ葉は、配送データを眺めていた。  予定時刻表と各店舗の配送物量が記載されており、重量も記載されている。それを見たところで、量が多いのか、少ないのかさえ、よつ葉には見当もつかなかった。  しばらくタブレットを眺めていると、よつ葉の目の前にゆっくりと船が迫ってきて、バースの端にきれいに停止した。  識別数字を見なくとも誰だか分かるほど輝いたその船とは対照的に、気怠そうに可搬モニターを抱えて降りてきた星野の姿は、それだけで暴力的だった。  さっきまでの高揚が嘘のように気持ちがしぼみかけたよつ葉は、自分の足をパンと叩き、星野のほうへ向かった。  「おはようございます」  よつ葉のタブレットを見た星野は、自分が持っていたモニターをじっと見つめた。  そして「ま、いいか」と呟いたあと、よつ葉に向かって一方的に話し始めた。  「実質初日ってことで、最終的には当然、全部ひとりですることになるんだけど——」  よつ葉がポケットからメモ帳を取り出すのを見た星野は、一旦話を切った。  「昨日も言ったけど、メモなんてとらなくていいよ。イヤでも覚えるから」  「はい、すみません……」  よつ葉は少しびくっとして、ポケットにメモ帳をしまった。  「で、少しずつやってってもらうけど、2人でやって延着するのはあり得ないから、もう間に合わないって思ったら交代する。しばらく同じようにやって、俺が手を出す時間を減らしていく。分かった?」  よつ葉は静かに頷いた。  「そしたら積込するし、最後の店の分をまず俺が積むから、その次から交代。説明しながら積むから」  そう言いながら船の方へ向かった星野は、淡々と説明しながらリズミカルに荷物を積み込んでいった。  それは昨日の星野の動きと比べると明らかに遅かったのだが、たとえメモを取ろうとしてもペンを走らす余裕は持てないだろうと、誰もが感じるような凄みがあった。  「はい、そしたら交代。最初は指示するからそのとおりに置いていって」  「あ、はい」  ボーっと見入っていたよつ葉は、また少しびくっとしたあと、星野の指示どおりバースに設置されている折り畳みコンテナに手をかけ持ち上げた。  「えっ?」  想像以上の重さに身体がふらつく。  それを見て、星野は口を歪ませて息を吸い込んだ。  「オリコン1個でそれかよ」  容赦ない星野の口撃に被弾しながら、よつ葉は指示どおりに積んでいった。よくわからないまま、なんとか積んだ。しかし1件積んだだけで時間切れになってしまった。  「また見学になってしまった」  呆然と残りの積込をする星野を見ながら、よつ葉は呟いた。そのよつ葉の後ろでずっと何人かが会話をしていて、そのうちの一人がよつ葉のほうへ近づいてきた。  「菅原さん」  振り返るよつ葉に笑顔を見せ、男はゆっくり語りかけた。  「星野さんのこと、いろいろ言う人もいるけど、悪い人じゃないんだよ。じゃないとあんなキレイな仕事ができるはずがないって、僕は思ってる。それと——」  視線を星野に向け、続けた。  「身体が痛くなったり、しんどくなったりしたら、すぐに言わないとダメだよ。身体を壊してしまうと、治すのに時間がかかるからね」  「はい、ありがとうございます」  思いがけず優しい言葉をかけられ、涙がこみ上げるのを隠すようによつ葉がお辞儀すると、男は手を挙げて戻っていった。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!