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1-9 そんなの納得できません!
よつ葉の住むアパートは、営業所からEVスクーターに乗って5分程度の距離にあった。
近くには大手スーパーの「ニャオン」があり、24時間営業している。
「このままだと毎日ここのお惣菜になりそう」
リュックの中に袋を詰め込み、スクーターで自宅へ戻ったよつ葉は、急いで靴を脱いで廊下キッチンを抜け、部屋の小さなローテーブルの上に惣菜を広げた。
そのキツネ色の衣をよつ葉はしばらくじーっと眺めていたが、目をぐっと閉じて首を横に振り、ゆっくりと自分に言い聞かせた。
「食べたら、お風呂に、入れません!」
それからオリーブ色のジャケットをハンガーにかけると、よつ葉は部屋から出て行った。
しばらくして、髪を乾かし終わったよつ葉はクッションに座り、冷蔵庫から出してきた炭酸水のボトルを開けた。
そして惣菜のふたに手をかけると、はっとして立ち上がり、部屋から出てまた冷蔵庫を覗き込んだ。
「野菜がない」
カット野菜が残っている前提だった夕食ラインナップは、どいつもこいつもキツネ色の衣に身を包んでいたが、その光景の是非など、もはやどうでもよくなってきた。
腹ぺこのよつ葉は、まずキツネ色のコロッケ野郎を頬張った。次はメンチカツ太郎だ。
半分ほど食べ終わると、よつ葉は星野によって封印されていたメモ帳を取り出した。
「とは言ってもですぞ……」
星野の言うとおり、メモ帳に何か書いたところで、意味はないのかもしれない。
ただこのまま明日になると、今日とまったく同じことになってしまう。
よつ葉はメモ帳の見開き全体に大きな四角形を描き、中にもいくつかの四角形を描いていった。
「最後に降ろすものから積んで、重いものは下、軽いもので固定……」
隙間ができると輸送中に荷物が動き、落ちれば壊れる。そのため隙間を軽い商品の箱で埋めていく。
言葉にすればたったそれだけのことが、できない。
しかし星野に限らず熟練した配送員は、どの箱が、どの向きだと隙間に合うのか瞬時に判断し、迷いなく次々と積んでいく。
よつ葉が初めて見たその光景は、気味が悪いくらい現実感がなかった。
その舞台の中心にいた星野を凄いとか、カッコいいなんて言葉で表現することは適当ではない、と考え抜いた結果、「変態」以外の言葉が見つからなかった。
時おり上を向いて考えながら、よつ葉はメモ帳に思いついたことを書き続けた。
星野の仕事を思い出しながら、自分と何が違うのか考えていると、いつの間にかよつ葉の頭は星野への悪口で一杯になった。
「フフフ……」
テンションが上がったよつ葉はひとしきりペンを走らせ続け、メモ帳は「やっぱり書け」と言われても表に出せないシロモノになった。
そして疲れ果てたよつ葉は、いつの間にか眠ってしまっていた。
結局その次の日からの3日間を、なんとか「昨日よりはマシなレベル」で日々乗り切ったよつ葉は、週末休みをもらった。
シフトが分かった時点で、先にカボス星で社会人になっていた幼なじみと会う約束をしていたのに、筋肉痛で動けず、週末はアパートとニャオンを2往復しただけで終わってしまった。1週間はあっという間だった。
週が明けても、よつ葉は体のあちこちが痛かった。しかしそんなことはお構いなしに、2週目は容赦なく動き始めた。
それでも少しずつ慣れたのか、1週目のような致命的なダメージを受けることはなくなり、星野の手を借りる時間も減っていった。
とはいえまだ半分は星野に頼っていたのだが、交代したときの星野は余裕がないわけでもないのに、一言も喋らなかった。
よつ葉が踏み止まっている間はまだ、指導員として最低限の口撃をするものの、交代すると途端に何も話さなくなり、周囲を遮断するかのような空気をまとう星野は、異様であって理解しがたかった。
その星野の行為は、よつ葉が一番知りたい部分を何としてでも秘匿しようとしているようで、よつ葉は意味が分からず、不信感ばかりが募っていった。
そしてついにその週の金曜、1便へ向かう星間航路の船内で、よつ葉は意を決して口を開いた。
「あの、星野さん、少しいいですか」
横を向いただけの星野に、よつ葉は続けた。「納品なんですけど、うまくできないっていうか……」
「なにが言いたいの?おまえ」
星野は表情も変えず言い放った。よつ葉は少しひるんだが、何とか続けた。
「星野さんと違いすぎて、私が納品したお店の人は、どう思うかなって」
それを聞いた星野は、正面を向いたまま舌打ちした。
「余計なこと考えずに、誤配と破損しなきゃいいんだって」
あまりに投げやりな回答に、よつ葉はむっとした。
「そんなの納得できません!どうして星野さんは——」
星野はよつ葉を手で制し、表情を変えないまま淡々と答えた。
「お前が納得できるかどうかなんて、店にとって何の関係があるの?」
それを聞いたよつ葉は、力が抜けて何も言えなくなってしまった。
下を向いて、唇を噛んだ。
悔しくて、涙を止めることができなかった。
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