第二章:宴席の面々

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「ご両親が蝦夷地(えぞち)に行かれてもう二年ですね」  黄金色の中華服の背中が今度は粘り気を残したままどこか憐れむ風な声を出す。 「お寂しいでしょう」  元の世界では北海道住まいで医大二年生の梅香ちゃん、山形住まいで中学一年生の櫻子ちゃんは、こちらの世界ではそれぞれ両親と離れて私たち一家とこの屋敷で同居している。  ちなみに北海道は「蝦夷地」、山形は「羽州(うしゅう)」とこの世界では呼ばれているらしいのはここ数日に耳にした家族の会話から私も何となく聞き知っていた。 「私は好きにしていますから、却って気が楽ですわ」  二十歳の大姐様はどこか諦めたような、気怠さを含んだ声で答えた。  これは元の世界では目標に向かって迷いなく進んでいく従姉からはまず聞いたことのない声だ。  この世界でも医薬の本を読んで私が倒れている間にもあれこれと処置を施してくれた大姐様だが、この世界で女性は正式に大学で医学を学べる立場にいない。 「いつまでもそうなさる訳にもいかないでしょう」  纏いつくような中年男の言葉に、二十歳の滑らかに白い面が微かに強張った。 「(ファン)の旦那様」  ビロードじみた声が響いた。 「庭の方で(イエン)の旦那様がお探しのようでしたよ」  いつの間にか現れたジェンが微笑んでいた。手には布に包んだ荷物を持っている。 「ああ」  黄金中華服の振り向いた顔は眉太く目の大きな、中年太りして脂じみてさえいなければそれなりに美男子だっただろうという面差しだ。  しかし、元から地味で不細工なおじさんよりこういう人の方が(たち)が悪いかもしれないという気もどこかでした。 「じゃ、また」  纏い付くような声で大姐様に告げると黄金色の中華服の男は肩を反らせて出ていく。  薄荷(ハッカ)じみた香りに汗じみた匂いが入り混じって私と許婚の下にまで届いた。  恐らくあの肥えたおじさんも高いお香を着けているのだろう。 「一のお嬢様」  執事は何事も無かったように梅香姐様に布に包んだ荷物を差し出した。 「お荷物が届いております」 「ありがとう」  ほっとしたような、しかし、まだどこかに固い何かを残した面持ちで従姉は受け取る。 「僕らもちょっと庭に出ようか」  飲みかけの茶碗をテーブルに置くと、永南は微笑んで告げた。まだ小さな妹にでも対するような、痛ましさを秘めた笑顔だ。 「そうしましょう」  別に庭になど行きたくないが、何となくそうしなくてはいけない気がして、まだ殆ど飲んでいない茶碗を彼の茶碗から少し離れた場所に置いて部屋を出る。
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