第三章:花霞の中から

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(ロン)!」  隣の許婚も笑顔で手を挙げ返した。  どうやらグエン・ロン君はこちらの世界でも同じ名のようだ。  中学時代は隣のクラスだった、ベトナム人の同級生。  張本君とは確か同じバスケ部で仲良く一緒に帰る姿を見掛けた記憶がある。 「お誕生日おめでとう」  アオザイの彼はどこか遠慮がちにこちらに微笑みかけた。 「ありがとうございます」  元の世界でも私とグエン君は「中学の同級生で顔と名前は知っているが、クラスも部活も違うので良く話したことはない」という間柄だった。  こちらでも「友達の許婚」「許婚の友達」というワンクッション置いた関係性のようだ。 「奥さんはどうしたの?」  パジ・チョゴリの許婚は玉飾りを微かに揺らしながらさりげなく問い掛ける。 「あいつは悪阻(つわり)が酷いから今日は家にいるよ」  グエン君、もう奥さんがいて父親になるの?  同い年の私と永南が婚約しているのだから不思議はないが、それでも目の前のまだ高校生にしか見えない彼の姿とどうにも折り合わない。 「メイリンも貴女(あなた)によろしくと」  白アオザイのグエン君は笑顔で私に告げる。この「メイリン」というのが奥さんの名前だろうか。  元の世界では同じ中学の一級下で私とは英語教室で一緒だった美鈴(みすず)ちゃんがグエン君を好きらしく良く彼の話をして確か高校も同じ所に進んだ気がするが、彼女がこの世界の「メイリン」かどうかは現時点では確かめようがない。 「どうもありがとうございます」  取り敢えずこう返しておくより他はなかった。 「こちらも奥様の安産をお祈りしております」  どのような女性か知らないがとにかく妊婦らしいので無事に産まれて欲しい。 「ありがとうございます」  白アオザイの相手は一礼してその場を後にする。 「じゃ」  私の隣にいる許婚は橘の香りと共に袖を振った。  取り敢えず、グエン・ロン氏とのやり取りはこれで済んだようだ。  ほっとすると同時に疲れが襲う。  しかし、庭にはまだ初めて目にする客が山ほど残っているのだ。
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