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「だから、あなたの名は李桃花なの。字は玲玉」
小豆旗袍のお母さんは苛立った面持ちに幾分悲しげな色を滲ませながら万年筆で取り出した紙に“李桃花”“玲玉”と記す。
面差しや声はもちろん、この幾分右肩上がりの筆跡も間違いなくお母さんだ。
「モモカなんて昔のトウエイジンみたいじゃないの」
“東瀛人?”
右肩上がりの走り書きが紙の隅っこに新たに付け加えられる。
私の名は山下桃花、二十一世紀の横浜に住む日本人女子高生のはずだ。
コロナウィルスの流行で通っていた学校が休校になり、マスク、トイレットペーパー、ティッシュ、そして生理用ナプキンも品薄になった。
あの日は両親と手分けして買い出しに出掛け、その帰りに交通事故に遭ったのだ。
正確には、目の前でみるみる自動車が大きくなって全身が爆発するような衝撃と共に意識が消えた。
「奥様、お嬢様はまだ病み上がりですから」
東洋人離れした長身に灰色の髪と目をした、しかし、服装は中国服のジェンが湯気立つお茶を二つの茶碗に灌ぎながら控えめに告げる。
しっとりとした若葉を思わせる芳香がこちらにも漂ってきた。
これは何のお茶だろう?
「龍井茶でございます」
こちらを眺める淡い色の瞳はどこか寂しげに微笑んだ。
元の世界の私はごく一般的な家庭の娘だ。こんな品の良いお爺さんが恭しく仕えてくれるようなお嬢様ではない。
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