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「翔、君の踊りは確かに素晴らしいけど」
私の隣で暫く黙していた永南が穏やかに笑って窘める。
「それは他人にも同じように求めることではないんだよ」
「そうですか」
勝ち気な調子を崩さずに答えた黒服の少年は、しかし、どこか寂しく俯いた。
白や桃色の花弁が音もなく私たちの間に入り込むように舞い落ちていく。
「それでは、貴方も他所での振る舞いにはくれぐれも気を付けて下さいますよう」
私たちの沈黙を突き刺すようにすぐ近くから中高年の男性の声が響いてきた。
目を向けると、五十絡みのどこかスーツじみたグレーの長袍の男性に四十前後のシックな珈琲色の旗袍姿の女性、そして先ほど梅香姐様に言い寄っていた黄金色の中華服のおじさんが紅梅の木の下に立っていた。
夫婦らしい前二人はどこか醒めた厳しい顔つきで後の一人、ジェンの呼ぶ所の黄の旦那様を眺めている。
「恐れ入ります」
黄氏は打って変わって恐縮した面持ちで中年肥りした体を折り曲げるようにして夫婦に一礼すると、顔の汗を拭いながらそそくさとその場を離れていく。
脂ぎった彼の顔を流れるのが肥満による暑さの汗なのか、叱責による冷や汗なのかは部外者の私には図りかねた。
と、紅梅の下に残った夫婦の妻側がこちらを向く。
「こんにちは」
艶やかな黒髪をかっつりと纏め、小さな口には鮮やかな紅を差した夫人は切れ長い瞳の端正な面差しからしてこの航・翔兄弟の母親だろう。
すらりとした体つきの、一般には非常な美人に属す容姿だが、品良く微笑んでいるにも関わらず、小さな白い顔のやや尖った顎の辺りにどこか冷たい気位の高さが感じられた。
これはちょっときつい相手だ。直感で察する。
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