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「どこを見ている、この粗忽者が!」
後ろから響いてきた怒号に私たちは思わず振り返る。
「申し訳ございません」
先ほど梅香姐様の琴を運んでいた若い下男が肥った黄金中華服の中年男の前に跪いて頭を下げていた。
「お召し物を汚してしまいまして」
年の頃は二十くらいで梅香姐様と同じくらいと思われる下男が震える声で布巾を取り出すと、黄の旦那様は引ったくるように受け取って濡れた袖口を忙しく拭き出した。
「まともに酒も注げんのか、お前は」
フーッと嘆息する気配がして振り向くと、珈琲旗袍のマダムとその夫は呆れた風な冷たい眼差しを黄の旦那様と若い下男に注いでいた。
私に寄り添う永南はどこか痛ましげに、そしていつの間にか少し離れた早咲きの桜の下に移動していた櫻霞と航・翔兄弟の三人は固まった面持ちで傲岸な中年の客人と年若い使用人を見詰めている。
ふと斜め上からの視線を感じて見上げると、二階の窓から梅香姐様が凍った眼差しでこちらを見下ろしていた。
「お前みたいなグズ、うちならとっくにクビだぞ」
黄金中華服の客人が言い放ったところで、窓の向こうの姿が消える。
どうやら大姐様はこちらに降りて来るようだ。
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