第四章:三姉妹を巡って

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「こちらでございます」  私の思いをよそに替えの着物を手にした呉さんはごく平静に屋敷に向かって歩き出す。 「あんたもこの屋敷、長いよなあ」  連れ立って歩きながら、中年男は呉さんの服の尻にさりげなく手を伸ばして触る。  ……え? “セクハラ” “痴漢” “性犯罪”  目の前で起きている行為に該当する元の世界の言葉が次々頭の中に出てきてグルグル回る。  花霞の庭には沢山の人がいて、正に衆人環視の下に行われているのに、触られている呉さんはもちろん、本来は止められる立場にいるはずの客たちですら、何となく嫌な感じで眺めているだけで止めようともしない。  多分、この世界では「旦那様」と呼ばれる階層の男性が使用人階級の女性の体に触るのは「品のない振る舞い」ではあっても全力で止めるべき犯罪ではないのだ。  目の前の桃源郷じみた満開の花の光景も、漂う梅や草木や客人たちのお香や酒の匂いも、何一つ変わらないのに、お仕着せの旗袍の背中はゾワゾワする。
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