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「君は、本当に何も覚えてないんだね」
梅や桃や桜に似て、しかしどこか異なる若緑の葉に白い花の咲く木々に囲まれた池の畔で、韓服の御曹司は寂しく微笑んで尋ねる。
先ほど自分を覚えているかと問い掛けた時と同じ、否定的な答えを予期した人の面持ちだ。
「ええ」
この人の目にも私は本来の許婚の令嬢らしくは見えていないだろうと思いつつ、極力礼儀正しい受け答えに努める。
しかし、これ自体が相手には違和感のある挙動でしかないだろうという気もした。
「頭が変になったように見えるでしょうけど」
白い李の花弁が漂う水面の下では朱や白や黒や斑の鯉たちが緩やかに泳いでいる。
「ここは私の居るべき世界だと思えないんです」
山下桃花は分譲マンション住まいで、共用のフラワーガーデンにもこんな立派な鯉が何匹も泳ぐ池などなかった。
「李桃花も玲玉も、自分でない誰か別な人の名前としか感じられません」
張賢、字は永南とされる少年は微笑んだ顔のまま、そこだけ虚ろになった瞳をこちらに向けている。
「あなたとも本当はもっと違う形の間柄だったとしか」
張本賢君がこんな目で私を見詰めたことはない。
「それじゃ、君は」
重々しい声と共に水色のパジ・チョゴリに着けた飾り玉が微かに揺れる。
「僕の家が大韓族で、君の家とは異なる生まれだとも知らないのかい」
李の花弁がはらりと一枚、私たちの間を舞い落ちて、永南の韓服の帯の結び玉が微かに揺れるのが認められる。
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