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「あ……」
言い掛けたまま、私は言葉の接ぎ穂を失って固まる。
長袍とも着物とも似ていてやや異なる水色のサテン地のパジ・チョゴリを纏った相手は、大柄でややいかつい体つきといい、目尻の切れ上がった浅黒い顔といい、中学で同じクラスだった張本くんそのものだった。
「病気が治って本当に良かった」
手にした杯をグイと勢い良く飲み干すと、半ば透き通った白玉を通した帯の結び玉がゆらゆらと揺れた。
「倒れたその日からうちでも君の回復祈願していたんだよ」
話ながら手を動かすと袖の辺りから橘じみた香りもほのかに匂って来る。
これがこの世界でも高級な身なりらしいのは私にも何となく分かる。
元の世界の張本くんも確か家はお金持ちらしいと聞いたことがあった。
「らしい」と曖昧な伝聞形でしか思い出せないのは、特に好きでも嫌いでもない、関心を持たない相手だったからだ。
それは恐らく張本くんにとっての私も同様だろう。
「それは、ありがとうございます」
さりげなく言ったつもりがいかにもよそよそしい響きになる。
「玲玉?」
張本くんの顔をした韓服の御曹司が怪訝な表情を浮かべた。
「張の坊ちゃま、ちょっとこちらへ」
ジェンがいつもの穏やかな笑顔で声を掛ける。
「ああ」
パジ・チョゴリの坊ちゃま(というにはもう大きい気がするけれど)は戸惑った顔つきのまま頷くと、我が家の執事と連れ立って客間の外に出ていく。
並んだ後ろ姿でジェンの灰色の頭の方が“張の坊ちゃま”の針金じみた硬い黒髪の頭よりもう少し高い位置にあると知れた。
張本くんは中三の時点で身長一八〇センチ近くあったから、ジェンはそれよりなお長身ということになる。
「桃花」
いつの間にかすぐ後ろに来ていたお母さんが右肩上がりの筆跡のメモを見せる。
“張賢 字 永南 許婚”
元の世界では「張本賢」だったから、この世界での名前も字面はやはり「賢」で「永南」というもう一つの名もあって……。
「許婚?」
それが婚約者という意味なのは私にも分かる。
「えーっ」
思わず落とした杯が足元でガシャンと割れる音がして飲み掛けのまだ生暖かい甘酒の匂いが一歩遅れて立ち上ってくる。
「ヨンナム様は二の姐様が意識不明の時もお見舞いに来て下さったんですよ」
お団子頭に桜色のリボンを結んだ櫻子ちゃん――この世界では“櫻霞”、私にとっては“三妹”と呼ぶべき従妹は大きな目に涙を湛えて言い添えた。
どうやら“賢”という本名ではなく“永南”と字で呼ぶべき間柄のようだ。
そういえばあの人も“玲玉”と字の方で呼んできたし。
頭のどこか冷静な部分で分析しつつ震えが止まらない。
あの彼が私の婚約者?
そうこうする内にまた桃の花を飾った客間にジェンと“張の坊ちゃま”が戻ってくる。
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