第二章:宴席の面々

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「玲玉」  先ほどと同じ名前で呼び掛けてくるが、浅黒い顔には小さな妹にでも対するような痛ましげな笑いが浮かんでいる。 「僕が分かるかい?」  切れ上がった瞳には否定的な答えを半ば予期した人に特有の諦めが漂っていた。 「お顔には確かに見覚えがあります」  昔風の装いをした中学時のクラスメイトにしか見えないけど。 「そうか」  相手の瞳に幾分安堵した色が宿った。  水色のサテンのパジ・チョゴリの肩越しにジェンが広間の入り口に立って優しく微笑んだ姿が見える。  本当の桃花(タオホア)の魂はどこに行ったのだろうか。  もし、元の世界で交通事故に遭った私と入れ替わったのだとしたら、今頃は永南に会いたがっているだろうか。  張本くんと私はもし互いが事故で重体で病院に担ぎ込まれたとか伝え聞いても、 「あの子が気の毒だな」  と多少胸を痛めはするだろうが直に駆け付けるような間柄ではない。  許婚もいない、助け船を出してくれる執事もいない。  そう考える間にも私が落として割った杯の欠片をまだ名前も覚えていない中年の女中が箒で掃き集め、溢した甘酒を雑巾で拭き取ると、黙礼して出ていく。  異世界の令嬢はこんな風に他人にかしずかれて暮らしていた。  元の世界の私の境遇の方が彼女にとってはより救いがないものかもしれないのだ。  きっちりお団子に結った頭と、顎の下にまでぴったり貼り付くように仕立てられた旗袍と、豪華な刺繍を施した布靴をがっしり嵌められた両足に、微細にだが確実に体を絞め殺されていく感じを覚えながら、私は二人の男に微笑みかける。
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