第二章:宴席の面々

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「それでは、不束(ふつつか)ではございますが、一曲舞わせていただきます」  背後から響いてきた声に振り向くと、三妹こと櫻霞(インシャ)が立って述べているところだった。  その後ろでは大姐様こと梅香(メイシャン)が木造りの琴らしき楽器を前にして椅子に座している。  二人の従姉妹の背後には古い日本画か中国絵画風の技法で描かれた満開の白梅、紅梅、桃、桜の木の屏風が立っていた。  ジャーン……。  日本の琴に似てもう少し派手やかな音色が桃の花を飾り提灯を吊るした広間に響き渡る。  梅香姐様の紅色や私の桃色よりもう少し淡く可憐な桜色の旗袍を纏った「三妹」こと櫻霞が小柄な体に比して長い手足を翻して軽やかに舞い始める。  これは恐らく中国舞踊だろう。バレエとはまた異なる方向にアクロバティックで、日本舞踊とも少し違う優婉さだ。  ――私はきつい靴を履いて決められた振付を踊るより自由にボールを追い掛けてシュートを狙う方が好き。  元の世界の櫻子ちゃんは中学に入ると親の言い付けで習っていたバレエを辞め、長かった髪も切ってバスケ部に入った。  ――ピンクなんか嫌い。男に媚びるぶりっ子の色。  それまでお母さんに買い与えられて素直に着ていた赤やピンクのブラウスやフリフリスカート、レース飾りの付いた靴下を打ち捨てるようにして青や水色、あるいは紺色のTシャツやジーンズばかり身に付けるようになった。  まるで「女の子」の特徴を抹殺して「男の子」に見える記号で武装するかのように。  桜色の服を着てお団子頭にリボン(正式名称は分からないが私にはそれしか当てはめるべき言葉が見つからない)を結んで踊る「三妹」はそういう自分に不満も違和感も抱いていないのだろうか。  琴の音色に合わせてスッと伸ばした足に嵌められた布靴は深藍の地に飛び交う鶴の刺繍が施されていた。  あれは本人の好みで作った色柄だろうか。どのみちこのタイプの靴で踊るのはトゥーシューズよりきついだろう。  自分の足に締め付けられる感触が蘇るのを感じながら、飽くまで笑顔で踊る従妹の姿に胸が微かに痛むのを覚える。
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