おまけ『かぐや姫一夜』

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 あの夜、勇者ラジウムが欲を鞘に収めていれば、こんな事態にはならなかったはず。土星の月を鎮めた酒杯を飽きるほどに呑み、流星と共に散る娘達の嬌態に呑まれた。仕舞いには、暁を招くハープの弦を全て微分してしまうという暴挙に出た。ひと月、朝は来なかった。でも、それで満足していれば、ここまでにはならなかったはず。夜明け、自我を忘れた足で火口へ向かい、マグマに浮かぶ最愛の姉を掴み上げ、あろう事か抵抗できない死者の唇を奪った。朱雀がそれを許すはずがなかった。仮にその場は許されたとしても、おぼろんまぼろんが見逃すわけがない。  罰として彼は時を失った。大事に引きずってきた過去を奪われ、唯一触れられる今を消され、英雄伝の未来を焼かれた。飽き足らず朱雀は、漂白の母が障子越しに告げたという妄言を真に受け、星枯れの罰を四方へ下した。神託を見限り、私は神の庭から逃げ出したのだった。  夏の星座の真ん中に着いた。銀のコクーンが出迎えてくれる。コクーンに手を突っ込んで入り口を破き作った。早くここまでおいで、勇者ラジウム。こうなってしまってはもう、君は私を求めるしかないのだから。ここまで辿り着いたなら、天の川のほとりで君の腹を切り開き、呪いに塗れた臓器を(そそ)ぐわ。心臓の代わりに、銀糸で拵えた疑似餌(ぎじえ)を縫い付けるから。ピチャピチャと跳ねる疑似餌が緋色の命を巡らせてくれる。きっと朱雀は見つけられない。  許したわけじゃないからね? 無垢に変わった君をベガの下へと御奉仕に出すわ。私は、君が道案内を頼んだ天使を(さら)い、コクーンの中に縛り付けるの。ヘッドフォンを被せて、延々と詩を耳に垂らす。天使には陶酔してもらおう。自分が何者であるのかを思い出させて、神の身体へと戻すのだ。その上で、新たな星を産み落としてもらう。私もコクーンに籠もり、大地を覆う命を産み続けるの。それが恐らく、民が幸せを得られる唯一の方法だから。  ここまでおいで、勇者ラジウム。  私が蝶に成る前に。  おわり  著者 ニヤア  運送者 わたし    
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