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おまけ『かぐや姫一夜』
民千万の心臓がモノクロームに染まったのは、彼岸に涸れた井戸のせいだと、都の民らが不可視の鬼を責め立てた。
菜食主義者の鬼達は、蛮来タガメしか居ない井戸の根なんかに、絶対に巣を作らない。そんな事は、陰陽道を囓った者なら百も承知している筈だけども。怨嗟の唱和に飽きた彼らが、祭りの舞台の床一面に、蓬莱詩歌を削り出す。贄を捧げる準備だろう。
今回の件に鬼は関係ない事を何人たりとも指摘しないのは、偏に、衆人環視の中で吊られ、火炙りにされる私の姿を見たいからに他ならない。國定検分を通過した教科書には、悪鬼を鎮める際には贄を捧げよ、としか記載されていないのだ。菜食主義者が贄なんかを貢がれて、何に使えというのだろうか。
都の人らの魂魄は、すでに天へと返せないほど歪んでしまった。彼らの吐き出す濁った息が、雲間から差す浄化の光を遮っている。数人程度なら、湯釜があればすぐに浄化も出来るだろうけど、今の都の人口を昇華させようと思えば、天久宮から鯱を引っ張ってくる必要がある。無理だ。あの大食漢をおびき寄せるための桃は、もう、この國の地に芽を出すことはない。ペットボトルに隠しておいた種も、すでにオーツ麦へと姿を変えてしまったし。
全ての責任を、あの好色に狂った勇者ラジウムに押しつけるのは簡単だけど、元凶を辿れば、民から娯楽・享楽・無生産の喜楽を奪った神に行き着くのだろう。浮き世に慰めを見いだせなくなった者たちは、笹の葉が揺れる程度の感触にさえ快感を得ようと目の色を変えはじめた。実際濁った。それはそれは、乙女の瑞々しい肌を炙るだけの行為に涙を流して喜ぶほど。責を問われるべき神は今頃、地上を巡り、侍らせた天使達にリトマス紙を舐めさせて遊んでいるに違いない。良いご身分だ。
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