おまけ『かぐや姫一夜』

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 虚数を(いじ)り、偶数の檻をねじ曲げる。こういうグラフティは私の専売特許。平方根(へいほうこん)の指しか持たない見張りの看守は、寸分違わず整列している(かや)の格子の一本一本が、元々は水を(まどか)に変えるための神器であることさえ知らないと見た。こちら側に隆起する背を向けて、ヤモリと差し向かいに座りながら、三面ダイスで双六を(きょう)じる方法を模索している。享楽が再び幸せを運ぶことはないのだけれど。彼もまた、時代の流れに(けん)を切られた者。心の中で、お疲れ様とねぎらい、裏切った。  走る。  誰も追いつけない筈だけど、一面未熟な稲の園を踏み、踏み、懸命に走り抜ける。もし、私の背に触れられる者が居るとするのなら、その者の名はルル。風の子ルル。でも、あの子もすでに、追ってくる術を失ったんだ。検分と称し、幾度となく私が囚われている檻へと忍び込んできたルル。夜となく昼となく、(つたな)い手付きで汗の浮かぶ肌を虐めながら、殿(でん)(うごめ)く牛脂と蛇腹の、豆の葉を舞台にした雌雄決戦がどれほど醜いのかを説いていた。それほどまでに、ルルの心は病んでいた。殿から使わされた忠義の犬でさえ、この体たらくなのだ。  事は至極簡単に。脱いだ衣をルルの馬上刀に掛けて、注意を引いた。遊びを知らない彼に跪く犬の真似をさせ、淀んだ瞳に手首から滴らせた血潮を差す。一瞬、刹那の開眼で十分だった。ルルの瞳に、茜に染まるペルソナを晒し、網膜から脳裏へ至る神経管に背徳を味わわせたのだ。神代由来のカルマに体液を沸かせたルルの唇が、私の乳房を一心に揺すった。萌芽を始めた童心を愛で、彼の心域に回る星座の一つ一つに鍵を掛けていく。あの刹那から昨夜まで、ルルに享楽を覚えさせていったのだ。禁に蜜な関係を誰にも話していないだろうけど、國定教科書に背いたルルはもう、飛馬(ひゅうま)の鞍に跨がることはできない。だから、ここまで追いつける者はもう居ない。  
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