おまけ『かぐや姫一夜』

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 潮騒が聞こえてきた。(なげ)く海の句。何故、我は青いのか。何故、飛沫は白くなければいけないのか。嗚呼、幽遠(ゆうえん)の割れ目を抱きかかえる己の体が夜空の暗みであったなら、真白の月は、空虚な天なんぞに抱かれずに、我の胸中で眠ったことだろうに。  薄く儚い朧月を海面に浮かべては、仮初めの慰めに浸る海に出た。先客が居る。那由多(なゆた)から居る。浜辺に膝を付き、両手を海に突き立てて、背を伸ばし、天へと吠え掛かる姿のまま大太法師(だいだらぼっち)は朽ちていた。大太法師の背を登り詰めた先に、私のコクーンが縫い付けられているのだけど、腰骨に登る為の梯子が切り落とされていた。仕方なく、色の付いていない柔らかな背中の羽を羽ばたかせる。地上で羽を広げるなんて、いつ振りだろうか。まだこの世が貝の暗闇に沈んでいた頃以来。  未熟な羽では天辺(てっぺん)までは行けないから。大太法師の腰に乗ったら、後はもう、四つん這いで天球を目指し駆ける。背肉だった物は干からびて、擦ればこちらの肉を持って行かれるほど荒れ果てていた。そんな荒野にさえ花は咲く。赤や黄色の、小さな花が大太法師のミイラと化した肉体に根を突き刺して、か細い茎を宙へと伸ばすのだ。私は時折、淡白な気質の花を食みながら雲上を目指した。    早く、眼下に広がる都の有様を、勇者ラジウムに見せたかった。とくと見るがいい、歌詞を忘れた龍の堕とし子、光点しか見ない竜宮の遣い、春を売るだけの潤目鰯、鏡を嫌う潮招き。都に集った彼ら民草の生きる姿を。勇者の代替わりなどという言葉では到底許されない歪み。脈の狂った大地は咳き込み、マントルには青筋が浮かぶ。こんな物を星と言えるのだろうか。やはり、誰かが再び大地を産まなければならない。  
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