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それから時間が経ち、「助けて、兄ちゃん」という彼女の言葉が頭の中でリフレインしている。
「わたし、結婚する」
あの日、彼女を屋上に連れてきて、ブルーモーメントを一緒に見たことが、彼女にどんな心境の変化をもたらせたのかは今も分からない。
僕が彼女に僕たちの約束を諦めさせて、結婚するしかないと退路を絶ってしまったのだろうか。
今日もいつもの場所で黄昏時の空を眺める彼女のシルエットがみえる。しかし、風があるのに今日は彼女の長い髪が靡いていない。
そこに彼女はいるはずがないことはわかっていた。
柵にもたれるように置いてある廃材。一番手前の棒にビニール紐の束がまきついている。このビニール紐が風に靡いて髪に見えたんだ。
ああ、そうか、僕はこれを彼女だと思いたかったんだ。
黄昏時は誰ぞ彼時
僕の心が彼女と会いたがっていたのか、彼女がそうさせたのか。廃材とビニール紐で出来たシルエットは、僕にとっては彼女だったんだ。
ある日、屋上に上がるとあの廃材は撤去されていた。
それでも屋上に彼女の姿を求めるのは、答えが欲しいからなんだろうか。
僕宛の遺書には、一言
『兄ちゃん、また、ブルーモーメントの下で』
自分でも理由が分からないまま、綺麗な夕焼けの見える日は、いつもの場所でブルーモーメントを眺める彼女に会えるような気がして、今日も僕は屋上の扉を開ける。
『今日も黄昏時の彼女はブルーモーメントを見つめる』
【了】
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