最終章 たとえばこんな、ラブソングみたいな

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最終章 たとえばこんな、ラブソングみたいな

あれから2つ、季節が巡った街を軽い足取りで、帰路に付く。 耳に当てたヘッドフォンからは、甘い歌声が聴こえていた。 「なぁ。俺さ、男相手の風俗で働いてたんだよ。だからあれだけ稼げてた。…けどもう、そんな仕事したくないんだ。暫くは貯めてた分と、俺がもう一個くらい仕事増やす分でなんとかするからさ。身体良くなったら本気で仕事、探して欲しい。」 半年ほど前、救急病棟から一般病棟に移り、もうすぐ退院できるでしょうって説明を医師から聞いた後で、俺はベッドの上で気怠げに雑誌を広げる母親にそう告げた。 流石に病院じゃ酔っ払ってはいないけど、こんな話したら手元の雑誌くらいは飛んでくるかなって覚悟しながら。 母親は、無表情で俺の顔を暫く眺めた後にぽつりと溢した。 「そう、アンタ、やっぱりそんな仕事やってたの…。」 ヘッドフォンから流れる曲が切り替わって、追憶していた光景が一瞬、途切れる。 次に流れ始めた曲は、だいぶ古い(つっても10年くらい前の)曲らしくて、でも雅己が『もう僕の青春時代が濃縮された神ラブソングだから!』ってわけのわかんないこと言って推してくるから、じゃあそれも入れといてって頼んだやつだった。 アップテンポな曲に合わせて、男性シンガーが引き込まれるような透明感のあるハイトーンボイスで歌うサビが流れる。 愛しくて、でもちょっと切なくて、雅己が選んで作ってくれたプレイリストの中でも、俺も結構好きな方の曲だった。 この曲が流行っていた頃、雅己は丁度今の俺と同じくらいの年齢だったはずだ。 …この曲を聴きながら、どんな恋をしていたのだろう。 どうせ気の強い女に振り回されたりしてたんだろうな。 そんなことを思うと、小さく笑いが込み上げてきてしまった。
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