第1章

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「何これ?」 不思議に思いながら洸に促されるままにD-clubと書かれた下にうっすらと浮かんだ『enter』という文字をクリックする。 「…何これ。」 先ほどと同じ声が思わず漏れたのは、そこに並んでいたのが、10人ほどの見目麗しい人々の顔写真だったからだった。 ほら、あのタレントさんとかの、宣伝用のキメ顔みたいなやつ。 「え、これ男?女…?」 「全員男だよ。」 軽いカルチャーショック的な衝撃を受ける僕に、洸はなんてことのない顔で答えた。 …ですよね。 洸が勧めてくるものだから、女の子系統のものである可能性は少ないとは思ってたけど。 中性的な顔立ちも多いけど、正統派のイケメンみたいな写真もある。 タイプの違う色々な男子とおぼしき写真が載っていたが、わかることはただひとつ。 …全員国宝級に整った顔立ちということだった。 なんかもう、次元が違う。 「どこのホストクラブ?」 思わず聞いてみたものの、写真からはホストクラブのようなギラギラした感じはしなくて、服装も皆爽やかな白いシャツだった。 「んー、ホストクラブとかじゃないんだ。俺の友達が経営してるとこなんだけどね。…、」 そこで洸は僕の耳元に唇を寄せた。 顔には出てないけどこいつも相当酔ってるみたいだ。 「…。」 「ふ、ふうぞ…っ!?」 「雅己くん声でかい。」 せっかく洸が耳元で潜めた声を、僕は拡声器でも使ったかのように大きくして復唱してしまった。 後ろを通り過ぎる客の女の子の視線が気になり、大きな声を後悔してグラデーションみたいに声を小さく落としていく。 「そ、男専用の男のための風俗。まぁ、表向けデートクラブって感じのとこかな。」 「へぇ…。」 あるんだなぁ、そんなの。 思わず感心してしまい、間抜けな声が漏れた。 「ここはね、友達がオーナーしてて、紹介のみの一見さんお断りのとこだから、信頼できるとこなんだ。まぁ、その代わり値段も相当するけどね。」 ふむふむ。 色んな世界があるもんだ。 29年生きてきても知らないことがまだまだ山ほどある。 世界の広さに比べたら、僕なんてちっぽけなもんだ、と思考はあさってに登山を始めていた。 「で、雅己くんはどの子がいい?」 「へぁっ!?」 思いもかけない洸の質問にさらに僕の間抜けな声が追加された。 「ど、どの子とは…!?」 「雅己くんのタイプの子、いる?遊んでみたい子。」 「あ…遊びたい…子…?」 まるで好みのグラビアアイドルでも選べとでもいうかのように洸は涼しい顔をする。 …なかなかの難問だった。 そりゃだって同性のタイプとか考えたこともないし。 いや、洸はいつ見ても綺麗な顔だなぁと思うからそういう万人に対する美的感覚ならあるけど、同性に対してタイプとかいわれたら…!? しかも風俗ってことはそういう行為ができるかどうか込みで選べってことだよね!? 「ちょっと遊ぶだけだから。難しく考えないで、直感で。」 「直感と言われましても…。」 もうだいぶ酔いも回っているので、洸の煌めかしい目で見つめられると、抵抗する気にもならなかった。 それに、あんまりこれに対してやいのやいの言ったり考えたりするのは洸の人格否定にも繋がりかねない…と回らない頭で考えた末に僕はもう一度、同じ男、ひいては人間だと思えないほどの美しい顔が並ぶ画面に目を向けた。 中性的な顔立ちから、日本男子的な男らしい顔立ちまで、様々なタイプが並んでいる。 見れば見る程、よくこれだけ揃いも揃って綺麗な顔が集まったもんだと思う。 洸といい、この写真の人たちといい、整いすぎててもはや嫉妬心の一つすらも起こらない。 「え、この子めちゃくちゃ若くない?」 「ん?」 ふと目に留まった一枚の写真を指差して言った僕に、洸が身を寄せて一緒に画面を覗きこんだ。 いつも感じる洸の香水みたいな爽やかで甘い香りがふわりと鼻孔を擽る。 「この子が好み? 」 「いや好みっていうか、この子高校生くらいじゃないの??」 僕が差したのは、所謂某少年系のアイドル事務所顔負けの美少年という言葉がまさに相応しい男子だった。 こちらも激しく顔が整ってらっしゃるが、どう見ても制服のほうが似合いそうな幼げな面差しだった。 洸が長い指で画面をタップする。 サクくんというらしい彼のプロフィールが出た。 「20歳。確かにベビーフェイスだね。 …審査が厳しいところだから、年齢偽装して高校生を働かせるとかそんなのは絶対あり得ないよ。」 「20歳…。」 それでも十分若い。 綺麗に整ったショートカットの髪は、カラーリングされたのであろうミルクティーのような明るいベージュ色で、けれどそれがまた彼の愛らしい顔にはよく似合っていた。 なんだか彼の写真から目が離せなくなったのはその人目を引く容貌のせいだけではない。 他の写真に写る皆はそれぞれ笑顔を浮かべたりしていい表情をしているのに、彼だけはにこりとも笑っていなかった。 女の子だと言われても疑わないくらい可愛い顔をしているのに、無表情だと言っても過言ではないほど画面を通しても伝わる冷たい面差し。 仕事で会う生徒たちの中にも時々いるが、無感情の中に危うさのようなものを抱えているような、そんな感じだった。 それが彼の容貌とはあまりにアンバランスで、艶やかで、なぜか余計に心を捉えて離さない。 画面を通したたった一枚の、それもこんな紹介用の写真なんかで彼の何がわかるのかって自分でも思うし、実際会ったらまた全然違う印象の人なのかもしれない。 でも、なんとなく心に引っかかる。 僕があまりにその子の写真を見つめているので、洸がくすりと笑った。 「気になる?じゃあ、この子にしよっか。」 はっ!と我に返る。 そうだ、風俗うんぬんの話だった。 「待って待って待って!それどういうこと?何すんの?」 「何って…。なんでもできるけど。」 「なんでもって何!?」 「ここで言っていいの?」 「…言わなくていい…。」 複雑な気持ちで僕は洸の澄ました顔から目を反らす。 「別に、雅己くんをこっちの世界に引っ張りこもうとかそんなことは思ってないよ。ただ、この機会に一生に一回くらいは違う世界で遊んでみるのもいいんじゃないかな、って思っただけで。」 「確かに女はもう懲り懲りだーって思ってるけど…。」 だから男に走るってそんなポジティブさ、いる!? 「雅己くんほどのいい男がそんな女にいいようにされたのが俺も悔しいんだよ。」 「…ぅ…。」 いい男にいい男と言われるのは存外悪い気がしない。 「別に、絶対何かしろってわけじゃない。とりあえず俺も贔屓にしてる男の子呼ぶから、まずは4人で飲もうよ。それだけでもきっと楽しいから。」 「ん…、飲む、くらいなら…。」 「決まりね。じゃ、来週の金曜日でどう?予約、入れとく。」 あれよあれよという間に、洸は魔法でも使うみたいにすべてを前向きに進めてしまった。 サイト内からダイレクトメールを送った後、閉じられた洸のスマホに最後にちらりと垣間見えた、サクくんの表情はやっぱり心のどこかにひっかかって仕方なかった。
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