最終章 たとえばこんな、ラブソングみたいな

4/7
前へ
/57ページ
次へ
「…お母さん、元気にやってるんだね。」 「…まぁ、だろうな。」 退院してすぐに故郷へ帰った母親を見送ってからは、連絡のやり取りなんてもちろんしてはいなかった。 連絡を寄越すような母親なんかじゃないし、むしろ何も連絡がないのが元気にやってる証拠なんだろうと思っていた。 海産物がぎっしり詰まった箱の中には、もちろん手紙なんかも入ってはいないけど、海と港町が写った何も書かれていないポストカードが一枚だけ、入ってあった。 「ここがお母さんの住んでるところかな?」 「さぁな。」 行ったこともないから、そんなことはわからない。 けど、何となくこの見たこともない海が見える町で、薄い化粧と地味な服で笑っている、そんな母親の姿が浮かぶ気がした。 「いつか行こっか。一緒に。」 そんな俺に優しい視線を向けながら、雅己が言う。 「…うん。でも俺、旅行なんてしたことないから、雅己がちゃんと連れてってよ。」 「え、そうなの!?」 「あんな暮らししてたのに旅行なんてできるわけないだろ。」 「…っ、もうそんなの!!どこでも行くよ、ちゃんと僕が朔くんをどこでも連れて行くから!!一周しよう、日本一周!!あ、世界でもいいし!!」 「もう、うるさい。どこの富豪だよ。」 呆れながらも笑う俺に、雅己も笑顔を返してくれた。 今までなら、こうして自分に関する境遇のことなんて誰にも話したくなんてなかったけど、雅己とならこうしていつも笑い話さえに出来るんだ。 温かな気持ちが胸に溢れていく。 「…けどこれどーすんの。干物とかはともかく、生の魚やら貝やらは早く食べないと。二人で食べきれんのかなこれ。」 「そーだよねぇ。冷蔵庫と冷凍庫に入り切るかなぁ?あ!そうだ洸たちにも助けを求めよう!大輝さん料理が超得意って言ってたし。」 明日洸たち暇かなー?なんて言いながら雅己は魚の写メを撮ってメッセージを送ろうとしている。 そんな雅己を見ながら、ふと目に入った送り主の住所を見て。 いつか知らないこの場所を雅己と二人で訪れるその日を思えば、心の中が不思議とまた少し穏やかになるのだった。
/57ページ

最初のコメントを投稿しよう!

565人が本棚に入れています
本棚に追加