最終章 たとえばこんな、ラブソングみたいな

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母親が実家に帰って行った後俺は、あのボロアパートを出て雅己と暮らし始めた。 実を言うと俺はこれからもそこで1人で暮らすつもりでいた。 雅己といつも一緒にいたい気持ちはあるけど、一緒に住んだりなんてしたら、きっと経済的にも精神的にも雅己に全て依存してしまいそうで、怖かった。 なのに、アイツは最初っから一緒に暮らす気満々で。 一緒に住むことは考えてない、って告げた時の、あのショックで塞ぎこんだ顔と、「ね、どうしてもダメなの?僕は朔くんとずっと一緒にいたいよ…。」って捨てられた子犬みたいな顔でしょんぼりと呟いた姿に、見事に絆されてしまった。 そんなこんなでこうして一緒に住み始めたわけだけど、あの頃の生活からは考えもつかない程、今は穏やかな毎日を送っている。 たまに、こんな自分がこんなに幸せで いいのかって不安になるくらいだ。 でもその度に、ほぇー…っと気の抜けた雅己の笑った顔を見ていると、なんだか悩んでることすら馬鹿馬鹿しくなってくる。 「洸たち明日予定ないみたいで良かったねー。う、このカニ、あと少しで入りそうなのに…!この脚が…!」 1人ぶつぶつと言葉を溢しながら冷蔵庫に入りきらない海産物と格闘する雅己は今も楽しそうだ。 「あ、朔くん今日は学校どうだった?」 「んー、だいぶ慣れてきたかな。」 笑顔で言葉を振ってきた雅己の隣に座り込んで収納を手伝いつつ、俺もそう返事を返した。 「…なんか、あの学校行くまで俺が一番不幸だみたいに思ってたとこあったけど、似たような経験してきてる奴らなんていっぱいいるんだな、って思ってさ。そんな奴らと話してたら、あ、俺だけじゃないんだな、なんて思えてきて、なんかそれがすごい楽っていうか。勉強も、楽しいし。」 「うん。」 「雅己が学校行けって勧めてくれてほんと良かった。…ありがと。」 「…うん。」 カニの脚と格闘する手を少しだけ止めた雅己が優しい顔で頷いてくれ、頭を柔らかく撫でてくれる。 その心地よさに俺はそっと目を閉じた。
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