第1章

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もちろん言っておくが、女性不信になった腹いせに今日から男子いきまーす!!みたいなつもりはさらさらない。 朔くんに対する気持ちというか印象は、洸を美形だと思う気持ちと同じで、それが恋愛どうのこうのというものにはもちろん結びつかない。 今日ここにいるのは洸の言うとおり、少し違う世界も覗いて見てもいいかもしれないという、純粋な好奇心だった。 そんな気持ちならきっと、誰しもが持っているはずだ。 朔くんからはあまり何も話さない。 やっぱり笑いもしない。 時折洸や大輝さんからふられた質問に二・三言で返すだけ。 僕も仕事では割りきって頑張ってるけど、実は初対面の人はあまり得意な方ではないし、9つも年下のこの朔くんとの共通の話題もなかなか見つからなくて、大した会話も交わせないうちにお酒ばかりが進んでいった。 そして、宴も中盤に差しかかった頃。 ふいに洸と大輝さんが席を立った。 「雅己くんも楽しんでね。」 妖しいくらい綺麗な笑顔とともにそんな不穏な言葉だけを残して二人は奥の寝室へと消えていく。 …え?待って。 キミたちは一体これから何をする気で…。 いや、大人として思い当たることは1つしかないけど…。 しかも、胸焼けがしそうなほどいちゃこらしていた二人が突然いなくなったせいで、だだっ広いリビングルームには急に静寂だけが残された。 心なしか温度まで下がった気がする。 目の前の料理やお酒もところどころに少しずつ残っているだけで、朔くんと二人、なんだか急に変な緊張感が押し寄せてきた。 「えーっ、と、もう少し、なんか飲む?」 なけなしの気力を振り絞って笑顔を作り、朔くんの方を向いた僕は思わず息が止まりかけた。 「…っ!?」 鼻と鼻が触れ合いそうなほどの近い距離、まさに目の前に朔くんの綺麗な顔があった。 「さ、朔…くん!?」 「…俺らもさっさとやろ。時間もったいないし。」 やる?ヤル!? いやいやいや!! 軽く酔いも回っているせいで、朔くんの豪速球に即座に対応できない。 「アブノーマルなことしたいなら先言っといて。急にやられても後々めんどくさいから。追加料金は請求するけど、それでもいいなら別になにしてくれてもいーよ。」 いや、実はすんごい喋るじゃん朔くん!! 朔くんの言葉はちょっと理解が追いつかなくて、そんなことばかりが頭に浮かぶ。 黙ったままの僕に少しだけ怪訝な表情を浮かべた朔くんがさらに距離を詰めた。 「俺らも寝室行く?それか風呂場?準備してあるからすぐ挿れられるけど。」 「!?ま、待って待って待って!! 挿れない!!しない!!大丈夫!!!」 「…は?」 上着に手をかけられそうになり、僕は赤い顔でぶんぶんと首を振りながら朔くんにストップをかけた。 朔くんの綺麗な眉が意味がわからないとばかりに歪んで寄せられる。 「きょ、今日はお酒飲みにきただけだから!!だから大丈夫!!!自分を大事に!!」 「…本気で言ってんのそれ。」 朔くんはさらに怪訝な顔をしたまま僕から少しだけ距離をとった。 ちょっとだけほっとした気持ちが押し寄せる。 「今日は彼女にフラれた僕を励まそうって、洸が飲み会として企画してくれたんだ。だから、あの、飲んで話せたらそれで十分だから。」 「ならなんで俺なんか選んだの?完全に選択ミスってんじゃん。」 「え、なんで?」 「口コミ見て俺のこと選んだんじゃないの?」 口コミ?そんなのあるんだ? もちろんそんなものは知らない。 「何それ知らない。読んでない。」 「…うちのサイトの公式じゃないけど、相手選ぶのに参考になるからって黙認されてるやつ。だいたいみんなそれ見て俺のこと指名してくるんだけど。」 す、と取り出したスマホを操作して朔くんが投げるように渡したそれを僕は受け取った。 そこには、朔くんの写真と共に、利用した人物によるのであろう評価が書かれてあった。 『愛想はないし、トークなんかは絶望的で甘い雰囲気なんかには全くならないが、頼めばなんでもやらせてくれるので、生意気な美少年をアブノーマルに犯したいって人には超オススメ!!』 『顔はいいが無愛想で可愛げがない。なので遠慮せず普通なら引かれそうなプレイができますwwオモチャの使用もOK!』 …そこに並んであるのは目を反らしたくなるようなそんな文言だった。 しかも似たような内容がつらつらと続いている。 「…何これひど…。」 「俺を選ぶのなんかそんな奴らばっかりだよ。俺も別にそれでいいと思ってるし。アンタもそうだと思って来たんだけど。」 「いやいやいや!僕が朔くんに来てもらったのは、」 来てもらったのは…。 …なんでだ? いや、でもあるよね? なんか、ふいに目に入ったものや人に凄く凄く心惹かれること。 他の人にはわからないような、直感的なやつ。 最初は何この子高校生ぐらい!?怖い世の中だよホントっていうドン引きした気持ちだったのに、年齢を知って改めてあの中から誰かを選ぶなら、朔くんしか目に入らなかった。 いや、正直にいうとなんかやっぱ怖いし年下の可愛い感じの子のほうがホッとするよな、という僕のチキンハート的な打算もある。 「…総合して朔くんに会ってみたいと思った…から?」 「知らないよ。なんで疑問系なの。」 答えにならない僕に、朔くんは呆れたように完全に僕から距離を取ってドカっ、と座り直した。 「…さっき彼女とか言ってたっけ。アンタノンケなの?」 「…ノンケ…?」 「それも知らないでここ来たの? …ゲイじゃないってこと。」 溜め息混じりの朔くんの言葉からは、そのまま女とやってりゃ良かったのに、ってそんな言葉すら聞こえた気がした。 「うん…。もう女の子は懲り懲りだとは思ってるけど…。」 「それとこれとは別だろ。」 「…はい…。」 なぜか叱られてる気分になりしゅん、となる僕に朔くんは完全に興味を失ったかのようにもう一度小さく息を吐く。 「つかなんもしなくてもこうしてるだけですげー金取られてんのわかってんの?」 「うん…、なんとなくは…。」 最初っから何もするつもりはないが、先ほどの気分の悪い口コミを見てからはさらに断然朔くんをどうのこうのとすることにさらに抵抗感のようなものが沸き上がっていた。 あんなこと書く奴らと一緒になんてされたくない。 「ま、俺は身体楽だから別にいーけど。後で変ないちゃもんつけてくんなよ。」 「も、もちろん!!」 朔くんが納得?してくれたことにホッとした。 改めて彼のグラスに残り少ないお酒を注ぐ。 「…。」 「…。」 話するって言ったって互いに会話が得意じゃないんじゃ何も生まれるわけはない。 まぁ、でもこうして非日常な場所で非日常な出逢いをした彼と並んで飲んでるだけでもいい経験だったな、と不思議と心は穏やかになりつつあった。
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