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「…何してんの、仕事。」
「ん!?」
ふいに横からかかった声に僕は振り向く。
さっきまでの会話の内容が濃すぎて、朔くんが普通の会話を仕掛けてきているのだということに気づくまで多少の時間を要した。
「だから、仕事。アンタの。」
「あ、あぁ!…教師だよ。中学校の、教師。」
バカ正直に答えて、ちょっとあ、マズかったかな、と思う。
仮にも風俗なわけだし、なんつーかイメージ的に良くないよな…というか。
幻滅されたかも…と思いながら朔くんを仰ぎ見る。
「あー。教師でここ利用する人多いよ、普通に。」
え!?そうなの!?
驚く僕に朔くんはしれっと続ける。
「制服着ろとかしょっちゅう言われる。変態多いよね。」
「…えぇ…。いや、皆が皆そうじゃないから…。」
ないわー。
まぁ、ニュースとかで時々色々事件なんかも耳にするもんね…。
「アンタも着て欲しいの?そしたらやる気でる?」
「出ない出ない出ない!むしろ萎える!!僕生徒とかマジで無理!!!!」
「そう。」
全力で首を振った僕。
朔くんはそれも興味なさげだった。
またしばしの沈黙が流れる。
「え…っと、朔くんはなんでこの仕事?してるの?」
我ながらかなり突っ込んだ質問だと思ったが、まぁなんかもう宴もたけなわな気がするし、なんなら朔くんに会って一番聞いてみたかったことは多分それだった。
「なんでって金のために決まってるだろ。それ以外ない。」
即答した朔くんの答えはにべもない。
「…まぁ、そうだろうけどさ、お金のためだっていうなら朔くんなら他にもなんだってできそうじゃない?
…あんな酷いこと書かれるようなことわざわざしなくたってさ。」
「俺高校も途中で辞めてるから、稼ごうと思ったらまともな仕事じゃ無理。
…俺みたいのはこんな仕事してんのが丁度いい。」
「そんなことないよ!」
思わず身を乗り出した僕に返ってきた朔くんの視線は氷みたいに冷たかった。
初めて朔くんの口角が上がっていたのが見えたが、それは笑顔なんかではなく、嘲笑の類のものだった。
「…アンタに何がわかんの。つか俺、他人のそういう風なキレイごと死ぬほど嫌い。まだいつも会うような変態ジジイどものほうがわかりやすくてよっぽどマシだわ。」
「…ごめん…。」
わかってる、朔くんにも色々事情があるんだろうってこと。
高校を途中で辞めてこういう仕事してるって、きっと何か僕なんかじゃ想像もつかないような思いをしてきてるんだろうってこと。
初めて朔くんの表情を見た時からなんとなく感じてたこと。
…確かに、今日会っただけの僕がどうのこうのと言えるものじゃないってわかる。
…わかるんだけどさぁ!
ほっとくのが正解なのか、ほっときたくないこの気持ちに正直になるのが正解なのか、朔くんの氷みたいな顔見てたらもうわかんなくなってきて、僕は残りのお酒を飲み干した。
もう高級なシャンパンの瓶もすべてからっぽだ。
「朔くんも、その、男の人が好きなの?」
よし、話題を変えよう!と思って『にげだす』を選択した僕だったが、酔いのせいかさらにややこしい質問をしたことに気づいたのはすでに口から溢れだした後だった。
いや、それも気になってたんだもん。
僕のバカ。
「…わかんない。男も女も、誰も好きになったことない。けどヤったことあんのは男だけ。それもこの仕事でだけ。」
「…あぁ…。」
ほら見たことか!
気のきいたことの1つも返せないし、朔くんも恐らく求めてない。
もうお酒にも逃げられず、完全にぴえんな状態だ。
つか逆にあんな質問してどんな会話が円満に進んだというのだろうか。
そんな判断力すら失われてるのはこれはもうお酒のせいに他ならない。
はい終了!もう今日は終了ー!
…何時までここにいていいのか聞いてなかったけど、片付けでも始めようかな。
そう思って立ち上がりかけた時。
―『…あっ、ぁあ…っ』
…忘れてた。
あの二人の存在を完全に忘れていた。
朔くんとの会話が終了し、完全に静かになったリビングルームに微かにそのフロム寝室の甘い声は、確かに聞こえてきた。
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