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M博士は40を過ぎても未だ独身の一途な仕事人間。造次顛沛にも夢寐にも仕事のことを忘れたことがない。現在は隠しごと発見器の開発に向けて研究に没頭している。そんな彼が或る日の早朝、行きつけの公園をいつものようにグッドアイデアが閃くのを期待しつつ散歩していると、ベンチに独り佇む女が目に留まった。年の頃はさんじゅうごろく、年増だが、紅葉の絨毯が出来た秋の風景にマッチする何処か侘しげな哀愁漂う色白美人だ。
M博士は実は美人には目がなく大変、面食いなのだが、社会人になってから恋をしたことがなかった。それと言うのが、恋する機会がなかった為であった。彼は年がら年中、仕事に熱中し続けた所為で自分の嗜好に適う女性と巡り合えなかったのだ。ところが、今、自分の嗜好に適う美人を目の当たりにして今までの自分が嘘のように仕事のことが頭からなくなり偏に彼女に見惚れている。こんなことは彼にとって初めてのことだった。学生時代以来、久しく抱かなかった恋心。
この時はその儘、通り過ぎてしまったが、翌朝も同じベンチに独り佇んでいた彼女と目が合ったM博士は、昨朝から仕事の合間に彼女について思いを巡らしていた位だから何とか取っ掛かりを作ろうと会釈を試みた。
すると、彼女は顔を見られては不味いかのように伏せてしまった。やがて徐に顔を上げてみると、M博士が好意的に気持ち笑みを浮かべ再び会釈したので安心したように会釈を返した。それは恰もM博士を求めているかのような媚びた仕草が含まれていた。それを見て取ったM博士は、ときめきを感じ、こんな心境になったのはいつ以来だろうと思い、彼女の視線を感じながら先を歩いて行った。
彼女の気の有りそうな趣を顧みる内、何で会釈だけで済ませるんだ?と自問自答して後悔したM博士は、翌朝、もし、彼女がまた独りベンチに佇んでいたならおはようございますと挨拶をしてから話してみようと決意した。
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