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「別にそんなんじゃねえけど……」
「じゃあ一緒に入ろう?」
「――分かったよ。でも、風呂場でスルのは無しな? のぼせそうだから」
「構やしないよ。僕は、昴太が安心して入浴してくれれば、それで十分」
彰が、にっこり微笑む。何だか照れくさくなった俺は、それを誤魔化そうと、入浴剤を手に取った。
「しかし、随分種類があるんだな。俺、全然知らなかった」
「うん、僕も知らなかったんだけどね。だからお客さんに聞いたんだよ。こういうのは女性の方が詳しいかなと思って、相談してみた」
俺は、あっと思った。
――もしかして、この前長話してたのって……。
自分は何て馬鹿なんだろう、と俺は思った。彰は、こんなにも俺のことを考えてくれていたのに。そう思うと俺は、何だか泣きそうになったのであった。
しかし、数十分後。
「おい。スルのは無しって言ったろうが!」
湯船に浸かりながら、俺は口を尖らせた。
「別に何もしていないじゃないか?」
俺をしっかりと背後から抱きしめながら、彰が答える。
「嘘つけ。硬いの当たってんぞ!」
「そりゃ、若い健康な男が、愛する恋人と裸で密着しているんだから。そうならない方がおかしいでしょ?」
彰がクスクス笑う。俺はため息をついて、奴の方を振り返った。
「ま、キスくらいならいいぞ?」
――あんまり、我慢させるのも可哀そうだもんな……。
目を閉じて、彰の唇を待つ。しかし予想に反して、彰の唇は俺のそれには重ならなかった。彰が口づけたのは、俺の閉じた瞼の上。
――これって……。
俺は、その意味を聞いたことがあった。閉じた瞳の上への接吻は、『憧憬』を表すのだと。
――気障なことしやがって……。
でも俺は、そんなこと知らないふりをして、彰の胸に身体を預けたのだった。
出典:グリルパルツァー名言集
http://kakugen.aikotoba.jp/Grillparzer.htm
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