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そして、幹夫は人が誰もいないのを幸いに、スマホで、松田聖子の「赤いスイートピー」をイヤホンなしで再生した。このことは、上司や同僚に「雪山で何しているの?」と質問されても絶対に答えないことにしている。触法する行為ではないけれども、平成生まれの青白い顔の幹夫が、誰もいない雪山で、1980年代のアイドルの曲をニヤつきながら聞いていることは威張って言うことでない。
「心の岸辺に咲いた、赤いスイートピー♪」
幹夫は、お気に入りの部分で思わず聖子ちゃんと一緒に口ずさむ。
薄暗くなってきた雪山で、熱々のコーンポタージュスープを片手に持ち、30歳会社員独身が、意地らしい女の子の気持ちを代弁した歌を、気持ちよさそうに口にする。
止めればいいのに幹夫が三回目のリピートボタンを押そうとした時、
「あなた、まだ歌うの?」
「えっ!?」
背後から突然、半笑いの女性の声が聞こえ、驚きのあまり幹夫の目が大きく開かれた。
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