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「この間は悪かったな。マナちゃんに聞いたよ。」
「コーヒーとどら焼きだけじゃ割に合わないおつかいでしたよ。」
俺は水曜の夕方にお店を訪れて、いつもの席でコーヒーとどら焼きを食べる。
いつも月に一度か二度は土曜だけじゃなくて水曜の夕方に来ている。週の真ん中での栄養補給的な感じだ。
しかし、今日は玄さんに呼ばれてきたのだ。
「やっぱり君に任せて良かったよ。」
「長瀬さんの方向音痴については事前に言っておいて欲しかったですけどね。」
それを聞いた玄さんは楽しそうに笑った。
俺は楽しんでる玄さんを見て苦笑いをしながらコーヒーを飲むと、玄さんから追加のコーヒーが注がれた。
何か嫌な予感がするな。今までにこんなことはなかった。恐る恐る顔を上げて玄さんを見ると申し訳なさそうな顔をしている。
これはまた何かおつかい頼まれそう。
仕方ない玄さんの為だ、こっちから切り出すか。
「で、今日はどうしたんですか?お礼を言う為だけに呼んだわけじゃないですよね?」
「見抜かれてしまったか。」
「今までコーヒーなんて追加してくれたことなかったじゃないですか。不自然過ぎますよ。」
玄さんは苦笑いをしてため息をつくと、悲しそうな表情をしている。
長年通っているがこんな表情ははじめて見る。
「土曜は来てくれなかったね。」
「土曜?ああ、土曜はこれ作りに行ってて時間なかったんですよ。」
俺はポケットから一本の樹に鳥が止まっているキーホルダーを取り出して、玄さんに見せた。
「Bird&Tree?」
このキーホルダーのデザインは俺が学生の頃に友達と一緒に考えた思い出のデザインだ。Bird&Treeって名前も一緒に考えた。
けっこう好きでたまに勝手に作ったTシャツを着たりしている。
「これ御守りってことで長瀬さんに渡しといてください。」
このBird&Treeに愛着と思い出があることを玄さんは当然知っている。
ヤバい。また手ぇ出すなよって言われる。弁明しとかないと。
「別に深い意味はないですよ。本当にただの御守りです。」
玄さんは何も言わずにカウンター越しに一枚の紙を手渡してくる。紙を見るとそこには住所が書かれていた。ここから割りと近くだな。
「Bird&Tree・・今の彼女には必要なものなのかもしれないね。」
「どういう意味ですか?」
「自分で渡しに行くといい。マナちゃんは辞めたいって言って、今週から出勤してないんだ。それが住所だよ。」
「辞める?なんで?この間のことが原因なんですか?」
「わからないんだ。だから聞いてきて欲しい。それが今回君を呼んだ理由だよ。」
「いやいや、なんで僕何ですか?もっと適任いるでしょ?」
玄さんたちが聞けない理由俺なんかが言って聞けるわけないでしょ。
けど、長瀬さん辞めちゃうのやっぱり原因はこの間のことなのかな。
「この間のことが原因なら君以上に適任はいないよ。頼まれてくれないかな」
やっぱり玄さんも同じこと思ってるんだ。
ならここは俺が行くしかないか。長瀬さんには辞めて欲しくないし。
俺はキーホルダーをポケットに仕舞い、どら焼きとコーヒーを飲み干して立ち上がる。
そのタイミングで玄さんは俺から注文書を取り上げて握り潰した。
「頼んだよ。」
「やれるだけやってきますよ。」
俺は玄さんのメモに書かれた長瀬さんの自宅を目指して歩き出した。
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