ダイサギ翔ける冬の朝

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「あ。そろそろ行こうかな。運送会社のバイト、今日が最終日なんだよね。次の新しいバイトどうしようか悩んでたんだけど、ちょっと頑張ってみようかって思えたよ。じゃ、またね」 「まっ待って」 「えっ、何?」 立ち上がりかけた宇佐美さんが、再びゆっくりと席に腰を下ろしました 「マンションに連れて行ってくれた時『私も頑張るから』って。あの時の表情が気になって・・・。宇佐美にも何かあったのか?宇佐美も本当は辛い事があったんじゃないか?」 「あぁ・・・えっと。んー・・・」 「ご、ごめん。調子に乗ってつい・・・。言えない事もあるよな。本当ごめん」 「いや。ううん。そっか、バレてたんだ。えっとね。あの頃、私の8歳上の姉が亡くなったんだ。原因は職場での虐め。毎日暗い顔して帰ってきてたのに何も出来なかった。唯一の趣味だった絵を描く事も気力を無くして出来なくなってた。そしたらある日、ぷつんと糸が切れちゃったのかな。死んじゃったんだ。当たり前に目の前にずっといた人が、呆気なく居なくなっちゃう。父親もね、小さい時に事故で死んじゃってて。でもやっぱりきつかったな。・・・今でも悲しさは変わらないんだけどね」 パンパンと2度手を叩いた宇佐美さんは 「はいっ。美鈴さんもごめんねぇ。柄じゃないわ、やっぱりさ」 宇佐美さんのうっすらと赤みがかった瞳には、必死に堪えた涙が浮かんでいるように見え、私は思わず彼女に駆け寄り、抱きしめてしまいました。 「えっ、ちょっと。なになに、美鈴さん、どうしたの?!」 「宇佐美さん、泣きましたか?」 「えっ?」 「お姉さんが亡くなってから、泣きましたか?」 「えっ・・・と、それは・・・あれ?ちょ、やだな。あれれ、ほんと、どうしよう」 瞳の中で堪えていた涙がひと粒こぼれ落ちると、歯止めが効かなくなった涙が溢れるように、次々と頬を伝い、私の肩にぽたぽたと流れ落ちていきます。 「泣くことも大切なんですよ。人は泣いて、初めてその出来事に向き合えるのです。感情というのは、堪え続けると自分を壊してしまいますから」 宇佐美さんは堰を切ったように、わあわあと泣いておられました。 長い間溜め込んできた、後悔や悲しみを吐き出すように泣く宇佐美さんの背中を、私はそっと撫でていることしができませんでした。
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