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「ごちそうさまでした。本当に美味しかったです。私のおばあちゃんの玉子焼きも出汁巻きだったので、何だかとても懐かしくなりました」
みーこちゃんが空いたお皿を下げてから、おかわりした珈琲を飲んで、そっと息を吐いた彼女は窓の向こうに立つポプラに目を向けました。
「その鞄、素敵ですね。お着物のリメイクかしら」
ぼんやりと外の景色を眺める彼女に、私は食器を洗いながら尋ねました。
「えっ、あぁ。これ・・・はい。今年の初めに亡くなったおばあちゃんの遺品なんです。ハサミを入れるのも躊躇ったんですけど、やっぱりいつもそばに置いておきたくて。不器用なのに手縫いで作ったので、少し不格好ですけど」
恥ずかしそうに笑いながら、鞄をそっと膝の上に乗せました。
「とっても素敵ですよ。おばあさまも喜んでいらっしゃいます、大丈夫ですよ」
「えっ・・・そ、そうだと良いんですけど・・・あの、もしかして見える、とかですか?」
「美鈴さんは何でも見えるのですよ!だってーー」
「みーこちゃん」と私がそっと彼女の口元に手を当てるとハッとしたように「ご、ごめんなさいです」と、私が洗って拭いた食器を慌てて片付け始めました。
「ごめんなさい、変なこと聞いちゃって・・・」
「いいえ。ほら、霊感?でしたっけ。そういうのを持つ人がいると聞きます。私も似たようなもので。あなたがこのお店に来てくださった時も、おばあさまは後ろでご丁寧に私にお辞儀をしてから入って来られましたよ」
私がそう言うと、彼女の目にはみるみる涙が溜まり、溢れたそれは彼女の痩せた頬を伝います。
「成人した姿、見せたかった・・・けど、そばで見てくれているなら・・・」
ひと粒落ちると、次々と止めどなく溢れる涙を慌ててハンカチで抑えた女性は「ごめんなさい、ごめんなさい」と私達に何度も頭を下げながら嗚咽を漏らしました。
「これ、あげます」
突然そばに駆け寄ったみーこちゃんが女性に差し出したのは、八百屋さんに頂いたクッキーでした。
「え・・・あ、ありがとう。ありがとうね」
春の若葉の甘い香りが窓から流れ込む静かな店内で、ただただ女性の咽び泣く声が響いていました。
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