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「へぇ、美味しそうですね」
隣のテーブルから、堤さんが声を掛けました。
西野さんは、少し恥ずかしそうにはにかみながら「美味しいですよ、とっても」と言いました。
「僕はいつも食事時にここに来る時は決まって小倉トーストなんですが、今度はクロックマダムとやらを頼んでみるとしましょう」
「ふふっ、是非。でも、小倉トーストも私の好きなお料理なので気に入って下さってとても嬉しいですよ」
「えぇ、えぇ。何だかねぇ、ここの餡子は私の死んだお袋の作っていたものに似てるんですよ。小豆の味がしっかり感じられて、優しい甘さが効いてる。歳取ってもぐつぐつぐつぐつと、時間をかけて台所に立っていたお袋の小さくなった後ろ姿が目に浮かぶんです。って、へへへ。おっさんが不気味ですかねぇ」
「あら、素敵なことだと思います。そんな大切な想い出の味と似ているなんて光栄ですわ」
「きっと、さっきの女の子のお客さんも、遠くに行ってもここの味を覚えてると思いますよ。またここに来ようって、色々頑張れるんじゃねぇかなあ。それくらい、料理も居心地も良い場所です。みーこちゃんも、こんなちっこいのによう働くし、偉いもんだ」
「ちっこい」という言葉に反応したみーこちゃんが「みーこは見た目は小さくても、大人のれでぃなのですよぅ」と頬を膨らませ、堤さんは「あぁ、そうか、そうか。こりゃ失礼した」と自身の額をぺちんと叩いて、しまったという表情で笑いました。
「女の子のお客さんって・・・」
てっぺんの目玉焼きを崩して黄身を絡めながら召し上がっていた西野さんの手が止まりました。
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