ダイサギ翔ける冬の朝

10/13
前へ
/134ページ
次へ
「えっと・・・西野君は今日仕事休み?最近会ってなかったからどうしてるのかなぁって思ってたところだよ。ん~、美味しい。美鈴さん、今日も良い珈琲ありがと」 「いえいえ。喜んでいただけて光栄です」 宇佐美さんと西野さんが座るテーブルには、淹れたばかりの珈琲が柔らかな白い湯気を立ち上らせています。 お互いが話したい事を切り出すタイミングを伺っているようで、お二人ともどこか落ち着かない様子でそわそわしていらっしゃいました。 「あのさ――」 「西野君は――」 「あ、いや。ごめんごめん。いいよ、西野君。何?」 「あぁ、うん。えっと・・・今更かもしれないんだけどさ、高校の時さ。僕の事すごく気にかけてくれてただろ。宇佐美のマンションまで連れていかれてさ。『西野君も頑張って』って。『悪いことしてないんだから堂々としろ』ってさ。当時は余裕が無くて・・・ごめん。ありがとう。実はああやって声をかけてくれた事、心のどこかでは嬉しかった、と思うんだ。あの時期を超えられたのは宇佐美のおかげもあったよ、きっと」 すると「えーっ、ほんと?」と、宇佐美さんの気が抜けたような笑い声が店内に響き渡り、クッションでうとうとしていたアキがビクッと飛び起きて何事かと言うように目をまん丸に見開いています。 「あの時の西野君の顔覚えてるよ~?あははっ、気使わなくて良いって!全然嬉しそうじゃなかったよ。まぁ、まぁでもそっか。覚えてくれてたんだ。あの頃の西野君、他人事に思えなくてさ。私もその時って色々あってさ、結構きつくて。西野君、今にも消えちゃいそうだったんだもん」 「あぁ、まぁ・・・確かに居場所が無いって思ってたから、それは間違ってないかも。でもさ、最近ふと気になったんだ。あの後いつの間にか虐めが無くなったんだよ。もしかして、宇佐美が何かやってくれたのか?」 宇佐美さんは「あぁ」と思い出したように苦笑いしました。 「私は大したことはしてないんだけどね。虐めてたやつらの先輩とかさ、色々お願いして辞めるように根回ししてもらったんだ。でも、あの頃もっと出来ることがあったんじゃないかって思ってたんだ。ここで再会した時、絵辞めちゃったって言ってたでしょ?つらい事を乗り越えるには生きがいって大事だと思うんだ。それを虐めのせいで辞めちゃったなら、すごく辛かっただろうなって。それがずっと気になって謝りたくて、最近西野君を待ってたんだよね」 「いや、絵を辞めたのはそのせいじゃないよ。確かにあれが原因で辞めた時もあったけど、あの後もう1度描いていた時期もあるんだ。だから、違うんだよ。宇佐美に謝られるような事なんて、何にも無いんだ」 宇佐美さんは西野さんの言葉に、安堵かの笑みをもらすと、くすくすと肩を揺らして笑いました。 「西野君、めっちゃ喋るじゃん。あー、良かった。そっかぁ。あんなに壁が分厚かった西野君がこんな風になれたって事は、良い事もあったんだね、きっと」 「そ、そうかな。でも最近だよ。これでもまだ、リハビリ中なんだ。まだ、オドオドするのが抜けきらないけど・・・少しずつ昔の自分から変わりたいと思ってる」 そう言ってキッチンに座っていた私と目が合った西野さんは、恥ずかしそうに微笑んでいました。
/134ページ

最初のコメントを投稿しよう!

122人が本棚に入れています
本棚に追加