122人が本棚に入れています
本棚に追加
「マキちゃんに嘘ついたって言ってた仕事の事なんですけど・・・本当は児童養護施設で働いてるんです。出版社で勤めてるなんて嘘ついた事に罪悪感はあったんですけど、今の仕事には誇りを持ってるんですよ。色々大変な仕事ですけど、色んな境遇の子供達に、ほんの少しでも力になれたらって思ってるんです」
店先で西野さんは、晴れやかな優しい表情を見せてくださいました。
「応援しています。西野さんにしかできない事、西野さんでなきゃいけない事がきっとあります。もしまた悪意のある言葉に出会っても惑わされないで。人の一生はとても短い。人の生きる道は、周囲の人の人生もまた絡み合います。あなたが笑顔でいることが、隣にいる人も笑顔にできる。つらい時は打ち明けて、助け合う。そうして互いが成長できる。このれんげ草だけでなく、宇佐美さんのような良いご友人を大切にして。他人は変えられなくても自分は変えられますよ」
私は彼の手を取り、お土産用にラッピングしたジャムクッキーをお渡ししました。
「・・・はい。ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
西野さんは黒いコートの襟を正し、グレーのカシミヤマフラーに口元を埋めると「また来ます。ごちそうさまでした」と、商店街を歩いて行かれました。
「美鈴さぁん。西野さんとまたお話しできますか・・・?」
一緒にお見送りに出ていたみーこちゃんが、足元で心細い声をあげました。
「それは、わからないわね・・・。でも、ここに来られなくなるという事は、彼の悩みや苦しみが無くなったという事。それは、一番彼にとって良いことだから」
「そうですね~。でもやっぱりみーこは寂しいです。ねぇ、アキ」
みーこちゃんの足に体を寄せてお座りしていたアキが、あうっと返事をするように喉を鳴らしました。
冬の午後の路地裏商店街に、母親と買い物に来た幼い兄弟のはしゃぐ声が響き渡ります。
西野さんの後ろ姿が小さくなり、やがて角を曲がる。
――どうか。どうか皆さんの心が、ここに来ることで少しでも晴れますように
ほとんど落葉して、わずかに枝にぶらさがる葉を揺らすポプラの向こうには、透けるような薄雲の淡い空色が広がっていました。
最初のコメントを投稿しよう!